深川とは東京の東南部、現在の江東区に位置し、都心から隅田川を渡った先、地下鉄新宿線と同東西線に挟まれた一帯の地名だ。約400年前までは葦が生い茂る荒れ地だったが、江戸慶長年間に深川八郎右衛門が開拓し発展、明治の初めには東京市深川区として、太平洋戦争時の東京大空襲で壊滅的な被害を受けるまで栄えた地域だ。そんな深川地区で古くから愛されている「地元の味」が深川めしだ。
![](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2023/04/7b780791b9abe212427b5143f584f992.jpg)
深川めしは深川丼とも呼ばれ、元々、ネギと生のあさりを味噌でさっと煮て汁ごとご飯にかけたものがルーツだ。現在は、汁ごとかけた「ぶっかけ」と「炊き込み」の2種類がある。「アタマ」だけ食べる場合は深川鍋とも呼ばれる。
![](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2023/03/20b24908facaef8835a2376666e0a871.jpg)
ぶっかけは、忙しい漁の合間に手早く作れる上、おいしく栄養価が高いことから、近隣で働く漁師の日常食として食べられていたもの。一方の炊き込みは、主として近隣の大工など職人たちが弁当として現場に持参したものだという。
![](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2023/03/3c637b252c41ecb72a81070ae73dac9b.jpg)
そもそもこの一帯は東京湾に面した海の町だった。東京湾の奥にあったこの一帯は干潟が多く、貝類が多く獲れた。水揚げされたあさりやはまぐり、あおやぎが地元民たちの食卓によく上がった。戦前の歓楽街だった浅草は、深川からも近く、浅草でも多くの人たちが深川めしに舌鼓を打ったという。
![](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2023/03/0ce866cc85bc652345479c6c4bf82b29.jpg)
江戸時代、あさりは貝から外したむき身で流通するのが一般的で、これをさっと煮てご飯にかける食べ方が地元に定着した。現在では、有明や台場など臨海副都心と言われる地域まで埋め立てが進み海は遠くなったが、戦後も比較的距離の近い千葉県の湾岸で貝漁は続き、現在でも深川名物として愛され続けている。
![](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2023/03/2202de4df06aaa82e5841a7e4bc1b8a8.jpg)
実際に深川めしを食べてみよう。訪れたのは、深川江戸資料館の向かいにある「深川宿本店」。門前仲町にある富岡八幡店とともに、地元の味である深川めしを現在に伝える。同店では、ぶっかっけと炊き込みの2種類から選べるだけでなく、セットにした「辰巳好み」もメニューに載る。せっかくなので「辰巳好み」を注文した。
![](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2023/03/4b6b0bfe094591c26d70316b9438a109.jpg)
盆の上には、椀物と煮物、香の物、さらにはごまだんごを従えて、2杯のミニサイズの深川めしが並ぶ。右が漁師風のぶっかけ、左が職人風の炊き込みだ。
![](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2023/03/1a9d159d4de82261b7e4a8d619b2184c.jpg)
同店のぶっかけは、地元の漁師にその味を学び、試行錯誤を繰り返し、現在の味付けに至ったという。赤味噌と白味噌を絶妙なバランスで合わせた秘伝の味噌を鍋で水に溶かし、そこに新鮮なあさり入れ、味噌だれに一層のこくを加える。そしてねぎを入れて、しんなりするまで煮込めばできあがりだ。
![](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2023/03/bf2080e377182826848c635fe3510513.jpg)
丼によそった白飯にこの汁をかけ、刻み海苔を散らせばできあがりだ。食べる際には、よくかき混ぜて、具と汁をご飯とよく馴染ませてからいただく。しっかりと混ぜ合わせることで、米粒があさりの絶妙のだしをまとう。食べ進んだら七味を加えて「味変」するものいい。
![](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2023/03/78724007ef2dd603a654f6fc36e3801f.jpg)
味噌だれはゼッピンだ。料亭の味噌汁とでも言ったらいいだろうか、あさりのとてもいいだしが味噌汁の味を豊かにする。たっぷりのあさりが歯に当たれば、そこからまたじゅわっとあさりのうまみが染み出してくる。ねぎはいいアクセントだ。
![](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2023/03/0d0a0858e6f22f8538f829a95822ac4a.jpg)
一方の炊き込みは非常にシンプル。あさりのだしを生かして薄味で炊き込んだ炊き込みご飯だ。深川めしだけで、添えられたおかずを凌駕するほどに味の主張が強いぶっかけとは対照的に、シンプルであっさりとした味付けは、おかずをしっかりと楽しめる白飯代わりにもなる。
![](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2023/03/7b455e41abe3274b6dff9516a560b548.jpg)
「深川宿本店」で、味噌ぶっかけのおいしさに目覚めた。もう1軒、味噌ぶっかけスタイルの深川めしを食べてみることにする。訪れたのは、地下鉄東西線木場駅と門前仲町駅の間にある寿司店「深川一穂(いっすい)」だ。同店の特徴は「汁だく」のぶっかけだ。
![](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2023/03/723d1ae4228ab5f379d308a3c1d438bd.jpg)
深川めしは同店ランチの定番メニューで、価格も700円と手頃だ。「深川宿本店」との違いは、味噌汁がかなり白っぽいこととその量がとても多いこと。たっぷりの汁の下かられんげですくい上げないことにはご飯の存在を感じられないほどに汁が多い。そしてその汁が、強烈に熱いのだ。舌をやけどするほどに熱い。しかし、その熱さがなんとも美味なのだ。
![](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2023/04/334176ea2cb493d192e7926c9c45116a.jpg)
あさりもねぎもたっぷり入っており、とてもシンプルなぶっかけめしだが、満足度は高い。しかも、汁だくとあってはどうしても掻き込むように食べるスタイルになりがちだ。店のメニューには「深川飯」の前に「昔ながらのぶっかけ」とひと言添えられている。かつて海があった時代、漁師たちが作業の間に、この汁たっぷりの深川めしを流し込むように食べていた姿が目に浮かぶ。
![](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2023/03/dff1fd0f11b2437fb26f5f4013e45a93.jpg)
深川めしは東京駅の駅弁にもなっている。日本ばし大増製の「東京名物深川めし」は、江戸甘味噌とショウガであっさり仕上げたあさりの深川煮とごぼうの炒り煮を、あさりの旨みを炊き込んだ茶飯の上に盛ったもの。弁当なので炊き込みかと思いきや、ぶっかけの持ち味を汁なしで再現していた。
![](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2023/03/a0f10eb93d3482b5763c13349a67c46d.jpg)
あさりの炊き込みご飯は、それなりに広い地域で食べることができるが、ぶっかけは東京、下町でも深川というごく限られた地域以外ではなかなかお目にかかれない。近くに行った際にはぜひ訪れて、汁ごと掻き込んでほしい。