日本の肉食文化は、明治維新とともに本格化したと言われる。開国によって、西欧人が肉食文化を持ち込み、それが定着したというのが定説だ。ただ、それ以前、江戸時代から肉食を常にしていた地域がある。
日本に仏教が伝わって以降、我が国では肉食を忌避する文化が広がった。しかし、岡山県津山市と滋賀県彦根市では、薬喰い、あるいは養生喰いと言って、いわば滋養強壮のため、弱った体をいたわるために肉を食べる習慣が残されていた。ただ、実態は、肉のおいしさを覚えてしまった身分の高い人たちが「養生のため」と理由を付けておいしく食べていたというのが実情のようだ。
津山市では、今も、そうした時代から伝わる、全国的にも珍しい肉料理が食べ続けられている。
津山市と言えば、B-1グランプリなどで全国的に知られるホルモンうどんが有名だが、これは、あまたある肉料理の一つに過ぎない。津山を訪れた際には、そんな歴史ある肉料理をぜひ食べてみたい。今回は、津山伝統の肉料理を提供し続けている「お好み焼き 三枝」を訪ねて、その味に舌鼓を打った。
津山ならでは肉料理というと、まず食べたいのがそずり鍋だ。そずりとは骨の周りにこびりついた肉のこと。マグロでいうところの中落ちだ。骨からそぎ落として食べるのだが、この骨の周りの肉をそげ取ることを、津山の方言で「そずる」と言うことからこの名が付いた。
現在は、骨の周りに限らず、様々な部位からこそげ取る肉をそずりと呼び、鍋に入れる。関西らしいしょうゆベースのあっさりしただしに、そずり肉の濃厚な旨みが溶け出しており、肉のおいしさはもちろんだが、スープも極上の味わいだ。
あっさりしたスープには野菜やキノコが良く合う。まずはネギをたっぷりと入れて少し火を通す。その後に入れるのは、何とレタスだ。鍋物と言えば、一般には白菜、九州の水炊きなどではキャベツも使うが、さすがにレタスは珍しい。
レタスは、しゃぶしゃぶ程度の火の通し方でいい。少し食感が残るくらいがベストだ。しんなりしたレタスの爽やかさが、抜群のうまみを持つ肉、そしてスープと絶妙のマリアージュになる。
しっかりと味の染みた豆腐も魅力的だ。牛肉の鍋料理というと、甘みとしょうゆ味の強いすきやきや味噌をたっぷり使った牛鍋を思い浮かべるが、軽やかでかつ、牛肉特有のうまみが味わえるこのそずり鍋は「まさに和の味」といった印象だ。
干し肉も津山ならではの肉の食べ方だ。魚の干物同様に、生の牛肉を軽く天日干しにする。表面が乾くと同時に、肉のうまみが凝縮される。これを小さく刻んで鉄板焼きにする。焼き上がったらしょうゆを垂らしたマヨネーズに一味トウガラシをふったものをつけて食べる。絶妙の酒のつまみだ。
ビーフジャーキーのような食感を予想していたが、どちらかと言えば生肉を焼いたものに近い。魚の干物で言えば、一夜干しのようなイメージだ。
実は、食後、「三枝」のご主人に、近くにある干し肉店に連れて行ってもらった。そこでは、牛の干し肉の他に、鶏肉と豚スペアリブの干し肉もあった。鶏の干し肉は、おやどり、卵を産まなくなった廃鶏の肉だ。
歯ごたえの強いおやどりは、独特のうまみを持つ。そのおやどりの肉をさらに干すのだから、うまみは非常に強い。
また、スペアリブの干し肉は、牛の干し肉よりはややソフトな食感。豚の脂特有の甘みがあり、牛とはまた違った魅力がある。
「三枝」での食事に戻ろう。干し肉の次に食べたのはヨメナカセだ。ヨメナカセは、牛の心臓の血管部分。関東ではハツモト、関西ではコリコリとも呼ばれる。久留米やきとりではセンポコと呼ばれる部位だ。血管なのだが、牛の、しかも最も心臓に近い部分なので、かなりの厚みがある。コリコリとした強い食感が特徴だ。肉と言うよりは軟骨にも近い歯触りを持つ。
個性的な名前の由来は、ぬめりが強く下ごしらえに手間がかかるという説や精力が付くという説もある。脂身は皆無で、ホルモンの中でも特に個性的な食感、味わいが特徴だ。
そして煮こごり。牛のすじ肉やアキレス腱、テールなどをとろ火で煮込み、スープ状になったものを冷蔵して固まらせたもの。ゼラチン質が固まりやすい冬の名物料理だ。そのぷるぷるの食感と絶妙の口溶けをぜひ味わいたい。
「三枝」のシメには、ぜひ津山名物のホルモンうどんを味わいたい。「三枝」も含め、ホルモンうどんの定番はみそとしょうゆの合わせだれだが、「三枝」には塩だれを使った塩ホルモンうどんがある。
センマイや小腸を使ったホルモンの焼きうどんに、この塩だれが絶妙にマッチする。特に小腸特有の脂身のうまさを、しつこさを感じることなく味わえるこの塩だれを覚えてしまうと、もう二度と通常のたれに戻れなくなるのでは、と思ってしまうくらいのおいしさだ。
駅から少し遠いのが玉に瑕だが、津山を訪れた際には、ぜひ「三枝」で江戸時代から伝わる牛肉食の神髄を味わってほしい。