常陸秋そばであたたまる 茨城のつけけんちんそば

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秋は新そばの季節。そばがおいしくなるシーズンだ。全国的には長野県や山形県がそばどころとして知られているが、農林水産省が発表した令和2年の都道府県別そば収穫量の統計によれば、1位は北海道(19300トン)で、以下、長野県(3960トン)、栃木県(2850トン)、茨城県(2770トン)、山形県(2180トン)と続く。統計的に見ても茨城県が長野県や山形県と並ぶそばどころであることがわかる。

ひきたての常陸秋そば

茨城のそばを代表するブランドが常陸秋そばだ。茨城県北は、山がちで昼夜の寒暖差が大きく、さらには水はけのよい傾斜地が多いなど、そばの栽培に適した条件が揃っている。そのため、江戸時代からそばの名産地として知られてきた。そんな中、1985(昭和60)年に、茨城県が奨励品種として認定したのが常陸秋そばだ。実が大きく、粒ぞろいも良く、黒褐色と、見た目も優れたおいしいそばで、甘味と香りを兼ね備えた人気そばブランドとなっている。

「登喜和家」のつけけんちんそば

常陸秋そばの食べ方として、県内で広く愛されているのがつけけんちんそばだ。農業県としても広く知られる茨城県では、ダイコンやニンジンなど根菜類が多く、けんちん汁を好んで食べる。地元産のおいしいそばを、だしやそばつゆではなく、日ごろから親しんだけんちん汁とともに食べる習慣が根付いている。江戸時代後期には、すでに「つけけんちん」が食べられていたといわれ、現在の節分の時期に当たる旧暦の新年には、つけけんちんでそばを食べる風習が水戸藩から広がったといわれている。

「登喜和家」では店に隣接した小屋でそばを挽く

そんな茨城県の中でも、特にそばどころとして知られているのが常陸太田市だ。常陸太田市、中でも旧金砂郷(かなさごう)町は、そばの産地として、常陸秋そば発祥の地として知名度が高い。かつて砂金が取れたことから金砂郷と呼ばれた一帯は、特にそばづくりに適した気候で、長年栽培されてきた金砂郷在来種をもとに、茨城県農業試験場(現:茨城県農業総合センター農業研究所)による選抜育成が行われ、常陸秋そばが誕生した。例年9月にそばの白い花が咲き、10月央ばにはそばが収穫される。11月は常陸秋そばの新そばのシーズンとなる。

金砂郷の人気店「登喜和家」

そんな金砂郷にあって、たびたびテレビ番組などで紹介されている人気店が「登喜和家」だ。そばそのものを味わえるざるそばのほか、天ぷらそばなどもあるが、その中でも1年を通じて高い人気を誇るのがつけけんちんそばだ。そばにけんちん汁をかけたけんちんそばもメニューにのるが、別盛りしたそばを熱々のけんちん汁に浸して食べるつけけんちんそばの人気が高いという。

けんちん汁のいもがら

さすが人気店だけあって、週末の昼時は席待ちの行列ができていた。しばし店先で、席が空くのを待つ。幸いにも案内されたのは、調理場が見渡せるカウンダー席だった。まな板の上では、しわの寄った茶色い茎のようなものが刻まれている。いもがらだ。サトイモなどの葉柄の芋茎と呼ばれる部分を乾燥させたもの。「ほしずいき」や「割菜(わりな)」と呼ぶ地域もある。乾燥させた保存食で、1年を通して常備菜として食べられている。都心などではなかなかお目にかかれない食材のため、期待に胸が弾む。

そばは太麺を選択

運ばれてきたつけけんちんそばは900円。お盆にはおからの煮物も添えられていた。いかにも素朴な「ふるさと料理」のよそおいだ。そばは太麺と細麺から選べる。そばの味を確かめたいなら太麺がおすすめだ。歯ごたえがよく、かみしめるとそばの香りがわっと広がる。何よりけんちん汁に浸しても、太麺ならそばがのびにくい。

けんちん汁はやけどするほど熱々

けんちん汁をひと口すすって飛び上がった。やけどするほど熱々なのだ。キッチンをのぞくと、けんちん汁の入った大鍋がかなりの火力でコンロにのっている。なぜここまで熱々にするのか、最初は理解できなかったのだが、食べ進むうちに納得した。冷たく水で締めたそばを浸すため、食べるうちにどんどん汁の温度が下がっていくのだ。以前食べた店では、食べ終える頃には「冷めたけんちん汁」になってしまっていた。しかし、「登喜和家」では、最後まであたたかいままけんちん汁を楽しめた。

おどろくほど具だくさん

そして、おどろくほど具だくさんだ。厚めに切られたダイコンはなかなか冷めず、口の中で転がして適温になるのを待つ。サトイモやキノコ、煮崩れた豆腐など、これでもかと具が入っている。けんちん汁の具だけでおなか一杯になりそうなほどの具だくさんだ。そして、いもがらがなんとも言えない味わいと食感を醸し出す。いずれも素朴な食材ばかりだが、素朴だからこそのおいしさが凝縮されているかのようだ。

けんちん汁に負けないそばの香りと味わい

これだけ強力なつけ汁にもかかわらず、そばを浸して食べても、そばが本来持つ香りをしっかり保っていることに感動した。適度な太さで、熱々にも負けず、しっかりした歯ごたえが楽しめる。「登喜和家」の人気ぶりは、じゅうぶんに納得できるものだった。

けんちんそばの元祖といわれる「昔屋」

もう1軒、つけけんちんそばの味を確かめておこう。選んだのは、茨城県北随一の観光スポットである袋田の滝そばにある「昔屋」だ。築200年の民家を移築し、店の前には水車が回る。同店は、そばにけんちん汁をかけて食べるけんちんそばの元祖店として知られる。つけけんちんそばは「昔屋そば」としてメニューにラインアップされていた。

「昔屋」の昔屋そば

運ばれてきて驚いたのが、そばの上にダイコンの細切りがたっぷりのっていること。栃木県佐野市周辺で食べられている大根そばそっくりだ。そもそも限られた主食をかさ増しするために誕生した栃木の大根そばだが、山深く耕作地が限られている袋田の滝周辺でも同様の食べ方をしているのだろうか。熱々のけんちん汁のダイコンとしゃきしゃきの生ダイコンの温度差、そして食感のコントラストが不思議と魅力だった。

生ダイコンとけんちん汁の名コンビ

本当のそば好きは、まずつゆをつけずにそばだけを食べ、その味と香りを楽しむという。そんなそば好きを否定するかのようなつけけんちんそばだが、実際に食べてみると、味の強いけんちん汁と一緒に食べても負けないくらい、そばの味と香りを持つ常陸秋そばだからこその食べ方ではないかという気がした。寒い時期には体もあたたまる。寒さの厳しい茨城県北ならではのそばの味わい方なのだろう。

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