鉄道網や道路網が発達、コールドチェーンも整って、今では日本全国どこでも同じ食材を使った、同じ調理法の料理が食べられるようになった。しかし、物流が未発達のころには、それが難しかった。日本食といえば魚だが、島国で海の幸には恵まれていた日本でも、山形県や長野県といった険しい山々に囲まれた内陸部では、臨海部とは食べるものががらりと違ったりもしていた。
福島県会津地方も、海から遠く周囲を高い山々に囲まれていたため、臨海地域とは明らかに違った食文化が形成された。一方で米が豊かで、城下町として栄えた会津若松を中心に、様々な工夫で手に入れた多くの食材を、手間暇かけて調理した、会津ならではの料理が数多く誕生した。そんな会津らしい味の数々を、会津若松を代表する居酒屋「籠太」で堪能した。
「籠太」のご主人、鈴木真也さんは、京都での修行後に故郷で開いたこの店に、江戸時代から昭和初期まで実在した街道茶屋の名前を付けた。四季折々の料理と磐梯山の眺めを売り物にした茶屋「籠太」の看板の下、地元ならではの美味、美酒を通じて、食も含めた会津の魅力の発信に努めている。
突き出しのきゅうりのごま合えに早くも心を惹かれた。このふわっとした白いものは何? 高野豆腐? などと味を確かめつつ箸でつまんで見極めていると「麩ですよ」と鈴木さんから声がかかった。新潟から山形、岩手に続く一帯は麩づくりが盛んだ。東北各地のラーメンにはおなじみの具で、宮城県登米市には、カツ丼のカツの代わりに麩を使った油麩丼もある。
会津の食文化を知るうえでカギになるのはたんぱく質だ。たんぱく質は三大栄養素の一つで、筋肉や臓器など体をつくる栄養素として非常に重要な役割を持つ。肉や魚に多く含まれ、麩もたんぱく質を多く含む食材だ。肉食を忌避していた明治以前の日本人は、主に魚を食べることでたんぱく質を摂取していた。しかし、内陸に暮らす人々はにとって魚は貴重品。海から遠かった会津では、干したり、塩漬けにするなど加工してから魚を運び食べていた。このため、魚料理の多くには、干して加工した身欠きニシンやするめ、塩蔵加工した糠漬けなどが使われる。
ちなみに、会津名物のまんじゅうの天ぷらを食べに強清水を訪れたが、まんじゅうの天ぷらとともに販売されていたのは身欠きニシンとするめを水で戻した上で天ぷらにしたものだった。冷凍ものが使われることはあるが、これまで天ぷらといえば鮮魚に衣をつけて揚げる料理だとばかりと思っていたので驚かされた。
話を「籠太」に戻そう。ニシンの山椒漬け。身欠ニシンと山椒の葉を重ね合わせ、しょうゆや酢などの調味料に数週間漬けて「戻した」ものだ。江戸時代には、越後から会津まで、多くの若い娘達が、背中に干したニシンを背負ってやってきたという。会津城下にはなくてはならない料理だ。
こづゆも会津城下の代表的な郷土料理。サトイモやニンジン、チタケ、糸こんにゃく、豆麩など多種多様な具を、ホタテの干し貝柱や干しシイタケから出るうまみを生かして煮込んだものだ。ここでも干した食材が味のカギを握る。地域や家庭によって様々なバリエーションがあり、新潟ののっぺい汁との共通性も見て取れる。手塩皿(てしほざら)という浅い小さな会津塗りの椀(こじゅう)に盛るのが基本で、「こじゅうのつゆ」が訛って「こづゆ」になったといわれる。
煮ものを2種類いただいた。まずは、城下煮〆。侍たちが食べた煮ものだ。味の中心になるのはニシン。戻し汁にうまみを出すと同時に具にもなる。野菜や昆布など具に、そのうまみがたっぷりと染み込んでいた。
一方、田舎の煮物の味のカギを握るのは鯖なまり。鯖を蒸して薫製したものだ。山菜がメインになるが、焼き麩も入る。うまみをたっぷりと吸い込んだ焼き麩のおいしさは「田舎の味」と呼ぶには贅沢すぎる。
鈴木さんと会津の食文化談議に花が咲き、杯を重ねているうちに「食べてみて」と鰯のへしこをごちそうになった。へしこは、福井県で何度も食べ、漬け込み体験までした珍味だ。海から離れた京都に若狭湾の魚介を運ぶために発展した加工法だ。京都まで徒歩でも運べる富山から鳥取にかけての食文化と思っていたが、越後から会津にも運ばれていたようだ。へしこならではの塩辛さと強いうまみで酒が進む。
会津は熊本などと並んで馬刺しどころとして知られる。やはり明治以前は肉食忌避が一般的だったようで、そのルーツは戊辰戦争だという。戦に傷ついた兵士たちに治療を施す一方で、栄養食として牛馬を食肉処理して食べさせていたという。鮮度抜群の馬肉を、ごま油に辛子味噌を入れ、浸して食べる。
「籠太」では、肉や魚以外にも、豊富に会津ならではの味が楽しめる。小なす漬けは親指ほどのかわいいなすの浅漬けだ。皮が柔らかく、口に含むとぷちっと弾ける。なすの皮に含まれるアントシアニンというポリフェノールには、抗酸化作用が認められている。大きく育ったなすは皮が固くなりがちだが、食感、食味の面でも、こうして食べやすく皮ごと口に放り込めるのはうれしい。
かんぷらはじゃがいもの田楽。蒸して素揚げした小ぶりのじゃがいもに、季節の甘味噌をかけて食べる。会津流のフライドポテトだ。
卵料理にも会津らしさが現れる。会津では、卵焼きを揚げたまごと呼んでいた。砂糖が高価だった時代、甘味を甘酒と塩麹で補った。秋田の横手など、雪深く、冬の気候が厳しい地域では、保存を目的とした発酵が盛んになることが多い。会津でも、発酵文化が深く根付いている。
会津地鶏も人気の食材だ。絶滅が危惧されていたものを昭和の終わりに復活させた。会津地鶏モツ煮は、卵管や砂肝、皮などを一緒に煮込んだもの。辛めの味噌味は、会津の山奥で受け継がれてきた味だ。
レバーワイン煮も人気だ。赤ワインとしょうゆのたれで、会津地鶏のレバーを低温加熱する。まったりとしたフレンチ風の味わいだ。
他にも、豆腐を塩だけかけて食べる塩豆腐、トマトの肉巻き串など「籠太」は何を食べてもおいしい。人気のメニーという、にらと豚のひき肉を包んで揚げたにらまんじゅうも絶品だった。もちろん酒どころ会津だけに地酒の品ぞろえも豊富だ。会津を旅する際には、まず「籠太」の空き予約をチェックしてからスケジュールを決める…。余りの人気ぶりに、なかなか予約が取れないという「籠太」だが、そこまでしてでも訪れたい店であることは間違いない。