現在の鳥取県は、西部が旧伯耆国、東部が旧因幡国だが、両国とも古くから、米の生産を支える使役牛として、牛の飼育が盛んだった。両国を治めた鳥取藩が、牛の購入資金を貸し付け、飼育を奨励したほどだ。やがて肉食が始まると、牛の用途は、使役から食用へと転じる。1920年に、鳥取県は全国で初めて和牛の登録制度を取り入れ、血統を管理する事業を始めるなど、全国でも有数の牛肉生産県となった。これがブランド牛・鳥取和牛へとつながっていく。
牛肉の生産地だけに、県内でも牛肉が食べられるようになる。鳥取和牛はもちろん、全国的にも珍しい牛骨ラーメンやホルモンも食べられるようになった。しかし、旧伯耆国と旧因幡国では、牛肉食にもお国柄が表れた。
旧伯耆国、西部の中心都市である米子市は商業で栄え、「山陰の大阪」とも呼ばれた。商人ならではの華やかな文化が生まれる。一方で、旧因幡国の鳥取は城下町。質実剛健の武士のまちだ。しかも、とうふちくわの回で触れたが、お殿様が質素・倹約を呼びかけるようなまちだった。米子では正肉が食べられ、今でも焼き肉屋が多い。一方で、鳥取ではホルモンが食べられた。
九州や北海道の旧炭鉱町のホルモン料理は、鉱山労働に徴用された、そもそも肉食文化を持つ朝鮮半島から連れてこられた人々が持ち込んだ食文化だが、岡山県津山や鳥取のホルモンは、純国産の食文化と言える。
当初はホルモンを鉄板焼きで食べるスタイルだったが、そこに常連客から「焼きそばを入れたらおいしいのでは」との声が上がり、ホルモン焼きそば(ホルそば)が誕生する。ホルモン焼きのシメに麺を入れるのは、兵庫県佐用町のホルモンうどんと同様のスタイルだ。
味付けは、ルーツとなったホルモン焼きに影響される。なので、店ごとにつけだれだったり、味付きだったり、味噌味だったりしょうゆ味だったり様々だ。入れるホルモンもパイプ(小腸)だったり、ミックスホルモンだったり、これもまた様々だ。
実際にホルそばを食べてみよう。鳥取の食に詳しい、鳥取情報文化研究所の植田英樹所長に地元の店に案内してもらった。案内されたのは、地元の人気店「折鶴」だ。
店内は鉄板席のみ。テーブル席もカウンターもない。鳥取のホルモン焼きは、西日本のお好み焼き同様、鉄板から直接食べるものだという。
まずは、ナミを注文する。鉄板にのせられたのは、大量のモヤシとネギ。ホルモンは目を凝らさないとよく見えない。これが「折鶴」のデフォルトのホルモン焼きだ。
やはりとうふちくわの回で言及したが、鳥取はモヤシの消費金額も日本一なのだ。野菜の中でも最も安価な部類に入るモヤシ。それを日本一食べるというのはどういう理由なのか。植田所長によると「私見だが、鳥取市民はモヤシの品質に特にこだわりがある」という。お殿様の質素・倹約の命に従ったが、味へのこだわりは捨てがたい。なので、安価なモヤシの品質に徹底的にこだわった結果、いいモヤシを食べるようになったのでは、という見立てだ。
焼き上がると、客に向けて土手を作るのが「折鶴」流。客は目の前の土手を箸で崩しながら、「折鶴」特有のしょうゆ味の濃い、つけだれに付けて食べる。モヤシの中からぷりぷりのホルモンがお目見えする。牛ホルモンらしく分厚い脂を従えたホルモンは、大量のモヤシと共に食べることで、その脂っこさが中和される。
談笑し、ビールを片手にナミを食べ進むと、あることに気づいた。つけだれの皿にうっすら牛脂が固まっているのだ。内臓脂肪をたっぷり蓄えた牛ホルモンなので、当たり前と言えば当たり前だが、温かい鉄板の上では、決して脂が固まることはない。皿盛りではなく、鉄板から直接食べるのはこれが理由だったのかと気づく。
続いて、テレビ番組「孤独のグルメ」でも登場したオーカクを焼いてもらう。横隔膜、ハラミだ。これも、つけだれでいただく。しっかりした歯ごたえと、しょうゆ辛いたれが、ビールやハイボールなど炭酸系の酒に良く合う。
シメはもちろん、ホルそばだ。少し食べ残してしまったナミに、新たなナミを加えてよく炒めたら、そこにそばを投入する。麺は平べったい太平麺だ。よく炒めたら塩コショウで味付け。ナミはつけだれでいただくが、ホルそばは、あらかじめ味付けしたものをそのままいただく。
ホルそばを作り始めたタイミングで、実は女将はたれを隠してしまっていた。ホルモン焼きの流れでホルそばを出すと、そのままつけだれで食べてしまう客が多いのだという。自慢の味付けで食べてもらうため、意図的にたれを引っ込めるのだという。やはり、焼き上がりで客の前に土手を作る。
つけだれ同様、しっかりと味の濃いホルそばは、シメというよりつまみになる焼きそばだ。ホルそばが出て以降も酒が進み、会話に花が咲く。いつの間にか「折鶴」に5時間以上も長居してしまった。
以前行った「御縁」には、鳥取の県民食、カレーと組み合わせたカレーホルそばもあった。焼き上がったホルそばを皿に盛りその上からカレーがかけられていた。鳥取のホルそば、店ごとのバリエーションも楽しめそうだ。