埼玉県北部から群馬県にかけては、日本有数のうどん食地帯。二毛作で麦を作るため、古くなら「粉もの」を食べていた。そんな「麦食地帯」の中心都市といえる高崎は、パスタのまちとして知られる。毎年、パスタの味を競うイベントも行われるほど。では、「高崎パスタ」とは、どんな特徴を持っているのだろうか。
食べ歩きが高崎パスタの魅力
横浜発祥と言われるナポリタン、名古屋のあんかけスパゲティー、東京のロメスパなど全国には多くの「ご当地スパ」がある。新潟のイタリアンのように、中華麺をイタリア風の味付けで食べるものまである。
しかし、高崎パスタは、とんかつをのせたボリューム満点の「シャンゴ」のシャンゴ風が全国的に知られているが、シャンゴ風はあくまで「シャンゴ」のオリジナルメニューであり、まちじゅうに点在するパスタで知られる店には、オリジナルから定番パスタまで、実に多くのメニューがある。本格イタリアンパスタを提供する店が多く、そのバリエーションを食べ歩くのが、高崎パスタの特徴と言える。
パスタ大会で切磋琢磨
しかし、高崎パスタのルーツを遡っていくと、やはり「シャンゴ」にたどりつく。1968年にイタリア料理店「シャンゴ」が開店する。当時、高崎のパスタ専門店は「シャンゴ」だけだったという。うどんやおっきりこみなど、粉もの、麺料理に慣れ親しんできた高崎市民に、パスタはすぐに受け入れられる。
「シャンゴ」は繁盛し、やがて同店で修行を積んだ料理人たちが腕を競い合い、市内に次々とパスタ専門店をオープンする。そして、パスタのまち高崎を決定づけたのが、2009年から始まったイベント「キングオブパスタ」だ。市内の若手経営者らで構成する実行委員会が主催し、パスタ専門店が一堂に会し、その味を競い合う。料理人たちが、互いに切磋琢磨し合うこの伝統が、高崎パスタの質を高め、さらに客を呼ぶようになったのだろう。
では、かつてキングオブパスタを受賞した人気店を、実際に食べ歩いてみよう。
高崎パスタの王道・シャンゴ
まずは、高崎のパスタのルーツ「シャンゴ」だ。キングオブパスタでは、第2回大会と第4回大会で優勝している。
「シャンゴ」といえば、看板メニューのシャンゴ風が知られる。とにかくボリューム満点だ。まずはパスタの量。レギュラーのMサイズでパスタだけで330グラムある。これに、大きなとんかつがのり、その上からシナモンが効いたミートソースがかかる。黒いミートソースは濃厚で、まるで名古屋の八丁味噌のよう。
カツカレーから発案したというシャンゴ風は、まさにパスタ版のカツカレーだ。麺だけではちょっと濃すぎるかなと感じる味のミートソースだが、とんかつが加わるとちょうどいい味わいになる。レギュラーサイズひと皿でお腹いっぱいになるが、中にはLサイズ、LLサイズを注文する猛者もいるという。
「シャンゴ」はスープパスタ発祥の店と言われ、メニューもイタリアンの定番からオリジナルまで幅広い。
絶妙塩味のスープパスタ・トラットリア バンビーナ
続いては、第10-11回大会で、大会史上初の連覇を成し遂げた「トラットリア バンビーナ」。高崎市の屋台村で「バンビーナ イタリアン酒場食堂」としてオープン、その後住宅街に店舗を構えた。パスタやピザを中心としたイタリアンの食材に、赤城地鶏などを取り入れるなど、群馬県産食材にこだわる。
食べたのは、第10回大会の優勝メニュー、えびジェノパスタだ。
群馬県産の野菜をふんだんに使っただしとえびのフリットで塩味に仕上げた。中央のえびを挟んで、左側にバジルがけ、右側はバジルなしで、だしとニンニクだけの味わいも楽しめるようになっていた。
秀逸なのはスープ。レモンを搾ると酸味が立って絶妙な味わいになる。バゲットを浸して味わう。ていねいな調理が光る。
初めて食べた高崎パスタがシャンゴ風で、圧倒的なボリュームとパンチのある味が高崎パスタだと思い込んでいたイメージが見事にひっくり返された。
ナポリタンなのに本格イタリアン・ラビッシュ
「ラビッシュ」のハンバーグのせナポリタンは、第9回大会の優勝メニューだ。メニュー名からはシャンゴ風にも似たイメージを感じていたが、食べてみるとそうではなかった。
ハンバーグのクオリティーが非常に高い。表面はしっかり焼き固められ、肉汁が閉じ込められている。ナポリタンにのせるハンバーグというと、下手をすると業務用の冷凍食品だったりするが、「ラビッシュ」のハンバーグは、ハンバーグ専門店のクオリティーだ。
何よりパスタがおいしい。麺はしっかりアルデンテで、味付けもケチャップではなく、きちんとトマトソースを使っている。ご当地のナポリタンというと、東京のロメスパのような「B級感」を抱きがちだが、しっかり本格イタリアンの仕上がりになっている。高崎のシェフたちの切磋琢磨が感じられる味だった。
中毒的な濃厚ジェノベーゼソース・アルコバレーノ
テーブル席加えて、座敷、個室、さらにはパーティールームまで備えた巨大店舗の「アルコバレーノ」は、こんなに大きな店なのにどうして行列ができるのかと思うほど、多くの地元客が押し寄せる店だ。第3回大会で優勝を果たしている。
店員におすすめを聞いたところ、ローストチキンと松の実の大葉ジェノベーゼクリームが人気と知り、注文する。
バジルの葉ではなく、大葉を使ったジェノベーゼソースは、クリームが加わり、非常に濃厚。麺にねっとりと絡みつく。そして、食後が気になるほどガーリックが入っている。上品そうでいて、とても濃厚な、中毒性のある味わいだ。松の実もたっぷりと入っている。
ソースがおいしいのはもちろんだが、麺のゆで加減が完璧。ここしかないというゆで加減に仕上げられている。これまで食べた高崎パスタ各店に共通しているのは、この麺へのこだわりだ。パスタ料理の基本中の基本と言えばそれまでだが、これだけの繁盛店で、ここまで繊細なゆで加減を実現しているのは、さすがパスタのまちだ。
たった4店舗だが、今回食べたお店は、いずれも特徴があり、何より調理のていねいさ、繊細さが光った。半世紀ほどの歴史で、パスタのまちとまで呼ばれるようになったのは、そうした料理人たちの誠実な仕事の賜物なのだろう。機会があれば、また別の店を訪れてみたい。