鰻雑学講座 知って食べるとよりおいしい?

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本当の旬は冬?

夏のイメージが強い鰻だが、実は旬は冬だ。鰻の魅力はしたたり落ちるほどの脂だが、本来脂は寒さから身体を守るためのもの。寒ブリなど、脂ののりが良くなるのは、いずれも水温が下がる時期だ。もちろん、鰻も水温が下がった方が脂ののりが良くなる。

したたるほどの脂が鰻の魅力
したたるほどの脂が鰻の魅力

土用丑の日に鰻を食べる習慣は、江戸時代に平賀源内が呼びかけたのが始まりとされる。その理由は「夏は鰻の需要が減るので、宣伝のため」というのが定説だ。ということは、それまで鰻は脂のりが良くなる寒い季節に食べるものだったというわけだ。

全国的にも珍しい福岡県杷木町の鰻の刺身
全国的にも珍しい福岡県杷木町の鰻の刺身

魚好き、刺身好きの日本人だが、鰻の刺身は見かけない。なぜかというと鰻の血液中にはイクシオトキシンという毒性のあるタンパク質が含まれており、これを口に入れると中毒症状を起こし、大量に摂取すると死に至ることもあるという。

タンパク質のため、加熱すると毒性が消失するため、鰻は加熱調理が基本になる。福岡県杷木町では鰻の刺身が食べられるが、これは独自の技術で、血を徹底的に洗い流しているためだ。

上が和種のアンギラ・ジャポニカ、下が外来種のアンギラ・アンギラ
上が和種のアンギラ・ジャポニカ、下が外来種のアンギラ・アンギラ

また、和食のイメージが強い鰻だが、実はフランス料理の食材でもある。欧州で食べられているのは、同じ鰻でもアンギラ・アンギラというフランス種。身が太く、脂も多く、味は和種のアンギラ・ジャポニカに劣るといわれている。

味、歯ごたえ、香りに優れるアンギラ・ジャポニカ
味、歯ごたえ、香りに優れるアンギラ・ジャポニカ

アンギラ・ジャポニカは、日本からマリアナ海溝、そしてフィリピン沿岸を経て稚魚・シラスとして日本に戻ってくる。味、歯ごたえ、香りも優れ、アンギラ・アンギラとの価格差も大きい。しかし、最近では、アンギラ・アンギラを和種と偽って販売する業者もいるという。要注意だ。

背開きor腹開き、蒸し焼きor地焼き

日本全国で愛される鰻だが、その調理法に東西差があることはよく知られている。

蒸さずに頭付きのまま炭火で焼く地焼き
蒸さずに頭付きのまま炭火で焼く地焼き

まず、焼き方。東では焼きの課程で一度蒸すのに対し、西では蒸さずにそのまま焼くのが基本だ。特に天然物の鰻は歯ごたえがあるため、江戸で蒸して焼く技法が編み出されたという。大阪でも「まむし」といって、地焼きにした鰻を熱い炊きたてのご飯に埋め、蒸すようにして柔らかくなってから食べる料理がある。

実は、この焼き方の違いが、鰻の東西差のベースになっている。

鰻の頭をだしにとうふを煮る関西の半助とうふ
鰻の頭をだしにとうふを煮る関西の半助とうふ

頭を焼く前に落とすか、焼いてから落とすか。西は、開いたら長いまま焼いて、後から切り落とす。東は蒸し器に入れるため、切ってから焼き始める。西の長いまま焼く方式では、たれの染みた頭やしっぽが、酒のつまみになったり、豆腐を煮るだしになったりする。

東日本では背中から包丁を入れるのが一般的
東日本では背中から包丁を入れるのが一般的

さばき方は東の背開きに対し、西は腹開きが基本だ。武家社会の江戸で、切腹を連想させるために背開きになったという説もあるが、実際のところは、事前に蒸すという調理工程が背開きにつながったようだ。魚をさばく際にも腹から開き内臓を取ってから三枚におろすのが一般的だ。とすれば、鰻も関西風の腹開きが基本のはず。

背開きにすると串が入る部分の身が厚くなる
背開きにすると串が入る部分の身が厚くなる

ところが、内臓がある腹の部分はどうしても身が薄くなる。背の部分をつなげて、腹の身の薄い部分が両端になるようなさばき方をすると、串が打ちにくく、しかも蒸すと串を打った部分がもろくなってしまう。そこで背開きにして、身にしっかりと厚みのある背を両端にすることで、串を打って蒸すという調理法に対応したという。

鹿児島県志布志では金串を打って地焼きに
鹿児島県志布志では金串を打って地焼きに

串が、東では竹串、西では長い金串が一般的なのも同様の理由だ。地焼きの場合は皮が縮んで、身がはぜやすい。そうしたときに金属で硬い金串ならそれを調整しやすい。一方で、短い竹串なら蒸籠にも入れやすく、熱伝導も低いため、そのまま炭で焼いてもやけどをしない。

要するに事前に蒸すか蒸さないかの違いが、さばき方や串の打ち方の違いにも影響しているのだという。

「船が出るぞ~」で誕生した鰻丼

では、江戸の蒸して焼く鰻はどのように誕生したのか。その発祥には諸説あるが、茨城県牛久沼の鰻丼がルーツという説がよく知られている。

鰻丼発祥の地・牛久沼
鰻丼発祥の地・牛久沼

現在の茨城県常陸太田市に生まれた大久保今助は、江戸の堺町(現・中央区日本橋人形町)で芝居小屋などに出資することを生業にしていた。今助は、故郷である茨城によく足を運んでおり、当時は牛久沼を船で渡るのが最短ルートだった。

牛久と言えば鰻 JR佐貫町駅前のベーカリーにはウナギパンも
牛久と言えば鰻 JR龍ケ崎市(旧佐貫)駅前のベーカリーにはウナギパンも

ある日、船を待つ今助は、湖や沼にはつきものの鰻で空腹を満たそうとする。当時の鰻はご飯と焼いた鰻を別々に盛るのが一般的だった。しかし、焼き上がり、いざ食べようとしたそのときに。「船が出るぞ~」の声。

ご飯の上に直接のせたらおいしくなった
ご飯の上に直接のせたらおいしくなった

今助は、しばらく食器を借りていくからと、ご飯の上に鰻をのせ、鰻を盛っていた皿をふた代わりにどんぶりにのせて、渡し船に乗り込んだ。対岸でふたを開けて食べてみると、ご飯の湯気で蒸され、これまで食べたことがないようなふっくらとした鰻になっていたという。

堅い鰻がふわふわになった
硬い鰻がふわふわになった

今助は、この柔らかい鰻丼を、自らが出資する芝居小屋で提供しはじめ、それが瞬く間に人気メニューになった。

ご飯にのせてから蒸す柳川流

江戸の蒸してから焼くという調理法は、大阪のまむしと実は同じ発想だったというわけだ。この、ご飯で蒸す鰻丼は、やがて蒸籠で蒸して焼く調理法に変わっていくが、地焼きにした鰻をご飯と共に蒸して食べる地域がある。九州だ。

柳川名物鰻のせいろ蒸し
柳川名物鰻のせいろ蒸し

福岡県柳川市は、まちじゅうに細い水路が網の目のように張り巡らされている。夏になると船底の浅いどんこ舟で、この水路を巡り、川面の涼風を楽しむのが柳川の名物だが、その川下りに欠かせないのが、鰻の蒸籠蒸しだ。

どんこ舟がまちじゅうに張り巡らされた水路を回る
どんこ舟がまちじゅうに張り巡らされた水路を回る

底がすのこになった重箱にうなだれをたっぷりまぶしたご飯を盛り、錦糸卵とともに、地元産の地焼きした鰻をのせ、蒸し器に入れる。蒸されるうちに鰻の脂はご飯に染み込み、白いご飯で食べる鰻丼とはまた違った美味になる。

鰻とご飯を一緒に蒸す
鰻とご飯を一緒に蒸す

鰻のうまみをたっぷりと吸い込んだ黒いご飯の美味は、一度食べるとやみつきになる。柳川の江口商店では、うなだれご飯だけをおむすびにしたうなぎおにぎりも販売する。

鰻のうまみをたっぷりと吸い込んだ黒いご飯
鰻のうまみをたっぷりと吸い込んだ黒いご飯

納涼の川下りは西鉄柳川駅前から柳川藩主立花家の邸宅だった御花までが定番のルートだが、その御花周辺には鰻屋がずらり軒を連ねる。コロナ禍の今年はちょっと難しいが、暑い夏を柳川の川下りと鰻の蒸籠蒸しでしのぐのもまた一興だ。

県別生産量トップは鹿児島県

静岡銘菓うなぎパイ
静岡銘菓うなぎパイ

最後に鰻の県別生産量をチェックしておこう。鰻というと静岡県西部から愛知県を経て三重県に至る中京地区のイメージが強いが、実は九州南部のシェアが大きい。2019年の日本養鰻漁業協同組合連合会の統計によると、1位は鹿児島県(7,086トン)、2位愛知県(4,362トン)、3位宮崎県(3,070トン)、4位静岡県(1,534トン)、5位高知県(294トン)、6位徳島県(220トン)、7位三重県(211トン)、8位熊本県(136トン)と続く。中京3県を合わせても、鹿児島1県の生産量に至らず、鹿児島・宮崎・熊本の3県を合わせると圧倒的な生産量になる。

鹿児島県の池田湖には名物の大ウナギも
鹿児島県の池田湖には名物の大ウナギも

鹿児島、宮崎両県が多いのは、桜島に代表される火山灰の地質だ。火山灰地は水の濾過能力が高く、水質がいい。これが鰻の生産に活用されている。鰻の産地にまで足を運んでその味を楽しむのもいいだろう。

鹿児島志布志で食べた鰻重は背開きの地焼きだった鹿児島志布志で食べた鰻重は背開きの地焼きだった
鹿児島志布志で食べた鰻重は背開きの地焼きだった

中京3県は、各地で鰻をよく食べ、ひつまぶしという同地区ならではの食べ方もあることから、「鰻どころ」のイメージが強い。

その中でも、特に興味深いのが三重県だ。鰻というと高級食材のイメージだが、三重県では、津藩主が庶民に鰻を食べて精を付けて働くことを奨励していた。そのため、津で鰻は庶民の食なのだという。かつての日本の食卓といえば、少ないおかずで大量の穀類を食べるのが一般的だった。津の鰻丼には、その名残りがあきらかに見て取れる。

津「新玉亭」の大盛り 一度中盛りを食べ切り手前の大盛札を取得してからでないと注文できない
津「新玉亭」の大盛り 一度中盛りを食べ切り手前の大盛札を取得してからでないと注文できない

食べきれるかどうかは別として、大盛りは写真のようなサイズになる。健啖家には、ぜひ津まで足を運んで鰻を食べることをおすすめする。

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