昭和の喫茶店の味 埼玉県北のピザライス

投稿日: (更新日:

深谷市や本庄市、上里町など埼玉県北部では、喫茶店を中心にピザライスというメニューが食べられている。ピザ生地ではなく、ライスの上に野菜やベーコンチーズなどをのせオーブンで焼いた料理だ。ピザの生地をライスに置き換えたものかと一瞬思ったが、どうやらそれは正しくはないようだ。

「ホーリー」のミックスピザライス(手前)と納豆ピザライス

ピザライスの発祥はよく分かっていない。ドリアとピザを足して2で割ったような料理と表現すればいいだろうか。簡単にいうと、ドリアはピラフにホワイトソースをかけてオーブンで焼いた料理、ピザはピザ生地にソースを塗ってチーズをのせオーブンで焼いた料理。これに対しピザライスはピラフにチーズをのせてオーブンで焼いた料理だ。ピザソースを使わないので、ドリアのホワイトソースの代わりにチーズを使うと表現すれば的確だろうか。いずれにしろ、既成の洋食メニューには当てはまらない料理であることは確かだ。

本庄市ではスタンプラリーも開催

特に本庄市では、なっとうピザライスの料理名で、本庄のご当地グルメとしてアピールしている。本庄市観光協会のホームページでは、「喫茶店を中心とする飲食店のほか、家庭でも手軽に食べられてきました。昆布だしや粉チーズ、めんつゆなどで味を付けたご飯で、納豆、ピーマン、チーズなどの具材を入れて焼き上げチーズを乗せた」料理と紹介されている。

昭和の風情漂う「ホーリー」

色々と調べてみたが、その誕生の経緯や伝播の歴史などは不明だ。とりあえず食べてみるしかない。本庄を中心に、目立っているのは納豆を使ったピザライスだ。そんな中で、納豆以外の具を使っている「なっとう」がつかないピザライスを見つけ出した。深谷市内にある「ホーリー」という喫茶店だ。

「ホーリー」のミックスピザライス

「ホーリー」は、JR高崎線と中山道・国道17号線に挟まれた古くからの市街地とおぼしき一帯に位置する。店構え、そして内装ともに昭和の雰囲気を色濃く漂わせる。ピザライスがおすすめメニューとのこと。ツナやキーマ、もんじゃ風など多くのバリエーションがある。納豆もあった。ご主人に一番人気を確認し、ミックスをいただくことにした。開店直後だったこともあるが、ていねいに調理しているようで、運ばれてくるまでには結構時間がかかった。しっかりタイマーをセットして焼いているようだ。

ライスは和風、トッピングはイタリア風

ライスはしょうゆやバターの風味がする和風味、そこにハムやタマネギ、ピーマンなどをトッピングし、チーズそしてパン粉を散らしてオーブンで焼き目がつけられっていた。バターしょうゆライス、具、そしてチーズを重ねてあるようで、混ぜられてはいなかった。ピザソース、トマト味的要素は皆無だった。提供時にはタバスコとタバスコしょうゆが添えられていた。ピザにはタバスコが定番だが、ライスが和風に味付けられているので、タバスコしょうゆをたらすといい塩梅だ。しょうゆととろけたチーズのコラボレーションが、これまでに経験したことがない味わいだった。

「ホーリー」の納豆ピザライス

後日、確認のため、納豆ピザライスの味も確かめてみた。ライスの和風味はミックスと同様だった。その上にたっぷりの納豆、大ぶりの海苔、そしてねぎがのる。そこにチーズとパン粉を加えて焼いてあった。仕上げには青のりがトッピングされていた。

納豆と海苔、そしてチーズが絶妙のバランス

しょうゆ+納豆+ねぎは、納豆の食べ方としては、至極まっとうなスタイルだ。海苔を加えるのも朝食の王道だ。そこに、バターとチーズ、明らかに洋食の要素が加わる。しかし、違和感はない。抜群の相性なのだ。納豆もバターもチーズも、味的には押しの強いモノだが、どれかひとつが突出して勝っているのではなく、見事なバランスで調和しているのだ。その絶妙なバランスは、この後、他店で納豆ピザライスを食べ歩く中で、突出して優れていることに気付かされる。

「琥珀亭」の納豆ピザライス

確認のため、同じく深谷市内にある老舗喫茶店「琥珀亭」も訪れた。「重ね焼き」スタイルは「ホーリー」と同様だったが、最大の違いは、バターしょうゆライスと納豆の間に、トマト味のピザソースが敷かれていたこと。また、海苔はチーズの下ではなく、最後に刻み海苔をトッピングしてあった。ピザソースが加わり、海苔の存在感が薄らいだことで、よりピザに近い味になっていた。「ホーリー」の納豆ピザライスは、タバスコ醤油との相性が良かった、よりピザに近い「琥珀亭」は、明らかにタバスコとの親和性が高かった。

「琥珀亭」ではピザソースが加わる

深谷に隣接する本庄では「なっとうピザライス」、通称ナピラをご当地グルメとしてアピールしている。2023年9月から24年1月いっぱいまで、市役所や商工会議所の観光振興事業として、なっとうピザライス、略してナピラを食べ歩くスタンプラリーが開催されていた。まずは、JR本庄駅南口を出てすぐの「珈琲横丁」で、ちょっとおしゃれなナピラを注文した。

「珈琲横丁」のナピラ

同店のナピラにはエビが入っていた。トッピングには緑が鮮やかなブロッコリーが配され、マヨネーズもかかっていて、確かに「ちょっとおしゃれ」な雰囲気。納豆はやや控えめで、その分、チーズやマヨネーズなどの味わいが前面に出ていた。

「NINOKURA」のナピラ

一方、国道17号線沿いの1889年に建てられた味噌しょうゆ蔵を改装したカフェ「NINOKURA」は、季節の野菜とゆでたまごを納豆ご飯にのせ、マヨネーズやケチャップ、オリジナルソースで味付けし、チーズをたっぷりかけたもの。お店が「納豆ご飯」というだけあって納豆の味、風味が思いっきり前面に出てきている。その分「ピザライス感」は若干希薄だ。

「えとせとら」の納豆ピザライス

カフェ風の店構えからしても、両店とも比較的近年にナピラを手がけるようになったと思われる。本庄でもやはり老舗喫茶店の味を確かめておきたい。そこで訪れたのが、1978年開業と半世紀近い歴史を誇る「えとせとら」だ。老舗らしく、どことなく「ホーリー」に似通ったスタイル、味だった。タバスコとしょうゆが揃って添えられている点も一緒だった。「ホーリー」がライスの上に広く納豆を盛り付けていたのに対し、「えとせとら」は中央部分に集中的盛っていた点、そして海苔がなかったのが違いだ。

本庄のピザライスの「生き証人」的な味

本庄のナピラは、同店でまかないとして食べられており、同店から独立した店でそれぞれ提供されるようになり、市内に広がったという。しかし、いずれもすでに閉店しており、2018年に本庄商工会議所がご当地グルメとしてPRを始めたことをきっかけに、再び市内で広がったとのことだ。いわば、本庄本来のなっとうピザライスの「生き証人」的な味と言えるだろう。

「昭和の喫茶店」の味

茹で置き麺をケチャップで炒めたナポリタンがナポリにないように、きっとピザライスも本場イタリアの人には想像もつかないような味なのだろう。しかし、ナポリタン同様、「昭和の喫茶店」を強く実感させられる味だった。日本人の舌に合っているのだろう。渋沢栄一翁の新札発行で深谷に注目が集まっている。訪れた際には、ピザライスもぜひ食べてみてほしい。

Copyright© 日本食文化観光推進機構, 2025 All Rights Reserved.