タンメンとは、主に関東地方で食べられている、鶏ガラなどの塩味スープで炒めた豚肉やキャベツ、モヤシなどの野菜を一緒に煮込んだ、日本式の中華麺料理だ。しかし、神奈川県の平塚市に限っては、他の関東地方のタンメンとは明らかに違う料理がタンメンと呼ばれている。

平塚のタンメンは、1957(昭和32)年に創業した「老郷(ラオシャン)本店」の初代店主が考案したと同店のホームページには記載されている。中国への出征経験から、現地の人が料理に酢を多用するのを目の当たりにし、帰国後、酢の酸味を生かすべく、この平塚ならではのタンメンを編み出したという。

平塚タンメンには、「老郷本店」と「花水ラオシャン本店」の2つの系統があると言われている。「花水ラオシャン本店」が「老郷本店」から派生したとの話もあるが、詳細は不明だ。「老郷本店」は2025年に店主の死去に伴い閉店。現在は、人気店の「花水ラオシャン本店」とそこから派生した「ラオシャン八幡」「花水ラオシャン田村」が営業を続けている。

スープのだしは豚骨だろう。ただし、喜多方ラーメンと同様、白濁させない。沸騰させずに、じっくりと豚骨のうまみを引き出しており、タレと合わせても、全く濁りのない澄んだスープになる。色が薄いので、一見、塩ラーメンのようにも思えるが、テイクアウト用の濃縮だしの色と味からしょうゆベースと分かる。味付けの段階で、すでに酢が加えられている。

個性的なのはスープだけではない。麺も独特だ。一瞬そうめんかと思うほど真っ白い麺は、かん水や卵などを使わず打った細麺だ。かん水が入っていないので、日持ちがしない。テイクアウトして、翌日食べてみたが、すでに麺がへたっていた。しかし、打ちたてであれば、優しい、独特の食感になる。

具もまた独特だ。基本のタンメンにはタマネギのみじん切りしか入らない。そこにわかめを筆頭に、好みでトッピングをのせていく。酢の酸味もあり、またあっさりしたスープにもわかめがよく合う。「老郷本店」では、わかめ入りがデフォルトのタンメンだったようだ。

食べ方もまた一風変わっている。現存する「花水ラオシャン本店」と「ラオシャン八幡」では、テーブルには大きなラー油の瓶が置かれており、常連はラー油や酢を好みでかけてから食べ始める。あっさりと澄んだスープが、ラー油と酢の刺激で劇的に変化する。これが、止められないのだ。終盤になると、元のスープとは全く違う味になってしまうほど、ラー油と酢を投入してしまった。

人気店の「花水ラオシャン本店」は駅からは少し離れた場所にあり、訪店にはバスに乗るのがお薦めだ。訪れた際はちょうど昼時とあって、店の前に行列ができていた。行列の最後尾につくと、中から店員さんが出てきて注文を取る。スピーディーな対応で、それほど長く待つことはなかった。

シンプル極まりない平塚タンメンだけに、価格も450円と非常に安い。店員さんの話では、餃子か焼きワンタンと一緒に食べるのが定番なのだとか。「花水ラオシャン本店」では、ワカメの入らないデフォルトのタンメンと焼き餃子を注文した。それでも、1000円を切る価格設定だ。予想に反して麺量は結構多く、餃子と合わせて食べたところ、けっこうお腹いっぱいになってしまった。

「ラオシャン八幡」は「花水ラオシャン本店」とは駅を挟んで山側、平塚八幡宮の先にある。駅からなんとか歩ける程度の距離感だ。訪れたのが祝日の夜ということもあって、先客はひとりだけだった。こちらでは焼きワンタンとのセットを選んだ。焼きワンタンには味がつけられており、そのままビールのつまみとしていただいた。

平塚タンメンは、わかめ入りのわかめタンメンを選択した。30年ほど前に「花水ラオシャン本店」で修行したと言うだけあって味は大きく変わらない。やはり、ラー油と酢で、あっさり優しい麺とスープが、徐々に刺激で溢れていく。まだ寒い2月だったが、食べ終えた頃にはうっすら汗をかいていた。

かつては厚木にも「ラオシャン」の看板を掲げる店があったが、火災により閉店してしまったという。厚木市、伊勢原市の市境に近いところにも平塚タンメンのお店があった。「花水ラオシャン田村」だ。平塚駅と本厚木駅を結ぶバスに乗るとちょうど中間のあたりだ。看板から察するに、やはり「花水ラオシャン」の系統のようだ。ただし、こちらには同じスープと麺で、野菜炒めがたっぷりのった本来のタンメンに近いメニューがある。今回のテーマは平塚タンメンなので、わかめタンメンの方をいただいた。

ラー油が、具がほとんど入っていない既製品だったり、盛り付けがやや雑だったりと、本店、八幡と比べてあまり印象が良くなかった。特にラー油は、平塚タンメンならではの優しい味わいに合っていないと感じた。そのせいもあるのか、客数は非常に少なかった。

元祖店と言われる店が閉店し、残りの店舗も数が少なくなっており、平塚タンメンは、ご当地グルメとしては絶滅危惧種に入るのだろう。とはいえ「花水ラオシャン本店」は行列店で、八幡、田村とそこから巣立ったであろう店もある。急に絶滅することはないだろうが、興味のある人は今のうちに食べておくといいだろう。




