ごま油の香りと濃いつゆ 江戸前天丼

投稿日:2026年3月6日 投稿日: (更新日:

天ぷらは江戸時代の東京で誕生したと言われている。それまでの日本料理には大量の油を使って揚げるという調理法がなく、ポルトガルから伝わったフリッターがその源流と考えられている。江戸時代に入り、菜種油が盛んに作られるようになると、庶民の外食として定着する。全国で天ぷらが食べられるようになったのは、関東大震災で職を失った職人たちが地方に移り住んでその腕を振るったからだと言われている。

丼つゆに天ぷらを「くぐらせる」

そもそも天ぷらは庶民の食だった。火事につながりやすい調理法のため、江戸時代は屋内での調理ではなく、屋台でのみ調理が許されていたからだ。しかし、後に屋内での調理が始まると、天ぷらは高級化していく。一方で、天丼は庶民の食であり続けた。お座敷天ぷらなどでは、素材の持ち味を生かすべく、衣は薄く、揚げたてをいただくものだ。しかし、天丼は、衣をたっぷりとまとわせ、しかも揚げたてを丼つゆにどぼんとくぐらせてご飯の上にのせる。その上に蓋をして、蒸らすこともある。天丼は、庶民の食という天ぷらの伝統を受け継いだ食べ方なのだ。

衣はたっぷりとつける

東京の天丼で特徴的なのは、まず揚げ油にごま油を使うこと。ごま油特有の強い香りが天ぷらに付き、揚げ色も茶色くなる。それをしょうゆや砂糖、みりんなどを煮切った丼つゆに一度浸すのが江戸前流だ。そもそも衣はたっぷりとつけるので、衣がこの甘辛いたれを吸って、ご飯を進ませてくれるのだ。

浅草「三定」

では実際にまちへ出て江戸前の天丼を食べてみよう。江戸前の天丼の発祥は諸説あるが、2002年に休業した1831(天保2)年創業の新橋「橋善」、あるいは、1837(天保8)年創業の浅草「三定(さんさだ)」とする説が有力だ。まずは、現存する「三定」から訪れることにした。

蓋付きで配膳される

雷門のすぐ脇にある「三定」はいかにも老舗の雰囲気だ。テーブルも狭く、階段は急だが、いつも多くの来客で賑わっている。味わったのは、並天丼。デフォルトの天丼だ。ちなみに並天丼、上天丼、中かき丼(かき揚げ丼)には汁が付かない。天丼とお新香のみと言うシンプルさだ。しかも江戸前らしく、蓋付きで登場する。衣がふんわり柔らかくなる。

浅草「三定」の並天丼

たねは海老、いか、キス、なすだ。海老、いか、キスにはたっぷりと衣が付いている。江戸前流でたっぷりの衣だが、実はたねそのものも結構大きい。特にいかの厚さは出色だ。それでいてとても柔らかい。キスも肉厚だ。つゆがたっぷりと掛かったご飯の量もボリューム満点だ。天丼がそもそも庶民の食であることが実感できる。

浅草「尾張屋」

浅草は天丼天国だ。まちを歩くと、あちこちで「天丼」の看板に出くわす。「三定」の並び、同じ雷門通り沿いにある「尾張屋」も天丼で知られる老舗そば店だ。そば店の天丼らしく、ご飯の上に乗っているのは海老のみだ。天ぷらそばのそばがご飯にそのまま置き換わったようなスタイルになっている。やはり蓋付きで登場した。

「尾張屋」の天丼は海老のみ

海老は、天丼の海老としては大きな部類に入るだろう。箸で落とした跡がくっきりと見えるほどの衣は見事に花が咲いている。しかし、分厚いと言うほどではない。衣の表面がでこぼこすることで、表面積が広がり、そこに丼つゆが絡まると、いかにも天丼らしい味わいになるのだ。

柴又「大和家」

続いて柴又帝釈天参道にある「大和家」を訪ねた。人気の観光スポットだけに週末ともなると大変なにぎわいだ。「大和家」の特徴はオープンキッチン。店頭で参道に向かって天ぷらを揚げ、そのすぐ脇で、揚げたての天ぷらを丼つゆにくぐらせ、天丼が完成し、奥の座敷やテーブルに運ばれていく。この日は大行列で、幸いにも店頭で調理の様子をじっくり観察できた。

箸で衣を「成長」させていく

海老に衣をまとわせて油に入れる。その上から箸で衣を「成長」させていく。箸先から散らすように衣を注いでいくと、油の中で天ぷらがどんどん大きくなっていく。油からあげて、しばし油を切った後、箸で天ぷらをつかむと丼つゆの中に沈めるようにくぐらせる。そして、滴り落ちる丼つゆはご飯の上へ。手早い調理で、次々に天丼が仕上がっていく。

「大和家」の天丼並

この日食べたのは、天丼の並。たねは、海老、キス、ししとう。非常にシンプルだ。ご飯の量も控えめで、寅さんファンなど参拝客の年齢層に合わせた仕様のようだ。混み合っていながらも、調理が手早く、天丼はすぐに出てくる。こちらもさっと平らげて、行列客に席を空けた。

「金子半之助」の江戸前天丼

最近では「江戸前天丼」を商品名に掲げるチェーン店もある。「金子半之助」は東京を中心に大阪や愛知、福岡、さらには海外にまで店舗網を拡げている。その看板メニューは「江戸前天丼」だ。海老やイカだけでなく、アナゴや半熟玉子などをごま油で揚げ、丼つゆをくぐらせてご飯に盛り付けたものだ。

半熟の黄身が魅力的

その色合いはまさに江戸前天丼だ。老舗とは違い、魚介や野菜がてんこ盛りになっているのが最大の特徴だ。特に気を引かれるのが半熟卵。黒い衣に覆われた卵に箸を入れると半熟の黄身が滴り落ちてくる。丼つゆがたっぷりとかかったご飯の上にこの黄身が絡まるととても魅力的な味になる。

天丼は日本全国に広がっている

天丼は、にぎり寿司、鰻の蒲焼き、そばと並ぶ江戸の4大名物食べものと言われる。いずれも全国各地に広がり、必ずしも東京だけでしか食べられないわけではない。とはいえ、特に天丼は、まさに東京が発祥の地。やはり一度は「本場の味」を経験しておくべきだろう。

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