日本全国に点在するホルモン料理。その多くは鉱山に由来するものだ。過酷な肉体労働であり、また落盤やガス噴出、爆発、出水など命の危機に直面することもあり、鉱山労働者は低血糖を起こさない、いざという時に頑張れる体力が必要とされ、独特の食文化が形成されている。また、日韓併合後に、朝鮮半島の人々が、過酷な鉱山労働に徴用された歴史もあり、鉱山まちには、朝鮮半島の肉食文化に由来するホルモンが食べられていることが多かった。

象徴的なのは、九州や北海道の炭鉱だが、秋田県や岩手県にも様々な鉱石を産出する鉱山が多くある。そんな鉱山のお膝元には、必ずと言っていいほどスタミナ食であるホルモン鍋が存在する。多くの鉱山はすでに閉山しているが、ホルモンは、閉山後も食文化として地元に残り、ご当地グルメとして、今でも愛され続けていることが多い。

そんな北東北のご当地ホルモン鍋の中でも比較的知名度が高いのが、鹿角ホルモンだ。現在は鹿角市の一部になっている旧鹿角郡尾去沢町には、708年(和銅元)年の銅山創業からスタートした尾去沢鉱山がある。1893(明治26)年に三菱合資会社の経営となり、1943(昭和18)年には、従業員数が4486名にも及んだという。そんな尾去沢をはじめとする鹿角の鉱山で働く人々に愛されたスタミナ食が、鹿角ホルモン鍋なのだ。

現在は、鹿角市の中心市街地である花輪で、2軒のホルモン専門店が営業している。「ホルモン幸楽花輪本店」は、1951(昭和26)年の創業。ホルモンを、いかに食べやすく提供するか試行錯誤を重ね、韓国風焼肉のプルコギをヒントに現在のスタイルを確立した。プルコギがベースなので、鍋つゆというよりもホルモンの漬けだれで煮込むスタイル。しかも、鍋はジンギスカン鍋だ。ジンギスカン鍋を使うことで、ホルモンのうま味を野菜に染みわたらせることができるという。

九州の炭鉱で食べられていたホルモン鍋とは違い、北東北の鉱山まちのホルモン鍋は、牛ホルモンではなく豚ホルモンがベースになっていることが多い。「ホルモン幸楽花輪本店」も元々は、豚ホルモンだったそうだが、韓国のプルコギの手法を取り入れたこともあり、現在では豚と牛のミックスホルモンだ。

ホルモン鍋の甘いみその香りに吸い寄せられたのが、尾去沢鉱山で働く人々だ。ホルモンはスタミナ満点ながら、手頃な価格で食べることができる。鉱山で働く人たちにとって、食べることは命の支えでもある。栄養をきちんと取って、体力と集中力を常に維持しなければならない。また、鉱山労働者には出稼ぎの人も多かったことから、鹿角ホルモンのおいしさが、次第に全国に知られるようになる。

食材は、ホルモンとキャベツ、そして豆腐だ。鹿角市は、現在は秋田県だが、江戸時代は盛岡が藩都の南部藩領だった。南部藩では、広く豆腐をたくさん食べることで知られている。旧南部藩領の地域では、鍋ではなく、焼くジンギスカンでも豆腐を入れることが多い。ホルモンとキャベツ、豆腐をメインにホルモンの漬けだれで煮込んでいくイメージだ。

調理法はまず、予熱した鍋にホルモンをたれごと注ぎ入れる。鍋の外周に、ホルモンを囲むように豆腐を並べていく。最後にジンギスカン鍋の盛り上がった部分に積まれたホルモンに蓋をするようにキャベツをのせる。キャベツがしんなりしてきたら食べ頃だ。ただし、「ホルモン幸楽花輪本店」はあくまで漬けだれなので、火加減を考えないとすぐに煮詰まってしまう。

今回は、牛バラ肉の焼肉も一緒に焼いた。ホルモンのたれと焼肉のたれで鍋料理としての水分を何とか確保できたイメージだった。ただ、シメのうどんの際にタレが足りなくなってしまい、お店の人が焼肉の漬けだれを追加してくれて、ようやくしのいだ。

そんな「ホルモン幸楽花輪本店」と並び称される地元の人気店が「花千鳥」だ。こちらのホルモンは、鍋と焼肉の2種類の食べ方がある。今回は鍋がテーマなので、鍋の方をいただいた。「花千鳥」でも使うのはジンギスカン鍋だ。ただし、「ホルモン幸楽花輪本店」がホルモンと豆腐、キャベツを別々に注文してジンギスカン鍋にのせていくのに対し、「花千鳥」は、ホルモンとキャベツがジンギスカン鍋に盛られたスタイルで配膳されてきた。これに別途豆腐を追加して、鍋作りのスタートだ。

火をつけて、つゆが沸騰するのを待つ。やはりキャベツがしんなりしてきたら食べ頃だ。つゆがたっぷりなので、よそ者でも安心して鍋の煮上がりを待つことができる。味付けは、甘さが立った「ホルモン幸楽花輪本店」に対し、やや辛めだ。いずれによせ、しっかり煮込まれて熱々の豆腐がいいアクセントになる。

「ホルモン幸楽花輪本店」では残ったたれにうどんを入れてシメとしたが、つゆだくの「花千鳥」では、ホルモン焼きご飯がシメのおすすめだ。汁が残ったジンギスカン鍋の周囲にご飯を盛り、スプーンで汁を取ってご飯の上にかけしっかりと馴染ませていく。ご飯と汁がしっかり馴染んだら、そこに溶き卵をかけて、焼いて食べるのだ。雑炊のような、チャーハンのような、なかなか魅力的なシメになる。

鉱山閉山後も、かつてのにぎわいを思わせる鹿角の中心街・花輪だが、鉱石を大館経由で奥羽本線へ、好摩経由で東北本線に運んだ花輪線は、今では本数も少なく、山間部でもあり、鹿角を訪れるにはややハードルが高い。しかし、「ホルモン幸楽」は、本店の他、直営店として鹿角市にもう1店、大館市に1店、小坂町に1店、さらに隣県の盛岡市にも1店舗展開する。できれば鹿角を訪ねて食べてほしいが、盛岡や大館なら、より行きやすいだろう。一度、歴史あるホルモンを食べてみてほしい。