味噌で引き立つ豚肉の甘み 厚木のとん漬け

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江戸末期、黒船来航とともに横浜港が開かれると、神奈川県には西洋の食文化が流入するようになった。肉食もその一つだ。養豚業が盛んになり、中でも厚木は一時300軒もの養豚場が存在するほどになった。現在でも、厚木市内にはと畜場があり、豚肉は厚木の名産品となっている。そんな厚木の豚肉料理を代表するのが、国産豚肉を特製味噌にじっくりと漬け込んだとん漬けだ。

厚木「肉の田口」のとん漬け

とん漬けのルーツは、文明開化以前の江戸末期にさかのぼる。日本では古くから、仏教の影響もあり牛や豚、イノシシなど四つ足の動物の肉を食べることを忌避していた。ところがある時、現在の厚木市近辺にあった荻野山中藩で、人寄せに予想を超える多くの人が集まり、料理が足りなくなってしまった。そこで、何の肉か分からないようにするためイノシシの肉に味噌を塗って焼いて出したところ、おいしいと評判になった。これがとん漬けの始まりだと言われている。

味噌の焦げが香ばしい

興味深いのは、とん漬けを扱うお店のほとんどが精肉店ということだ。老舗を始め、市内のあちこちの肉屋でとん漬けを販売しているにもかかわらず、とん漬けを定食にした飲食店が見当たらないのだ。とん漬けを取り扱う精肉店も、特に老舗は、精肉店というより、とん漬けを贈答品として位置づけている観がある。

網焼きして食べるのが基本?

あえて言えば、とん漬けと並んで厚木の豚肉食文化を代表する豚ホルモンを提供する飲食店は多く、そこで、ホルモンとともに網焼きで食べられるくらいなのだ。老舗の一つ「肉の田口」では、店頭の看板に大きく「バーベキュー鉄板+網、無料貸し出し」と掲げられている。そもそも、お店で定食で食べるものではないようだ。

ホルモン屋で食べるとん漬け

その「肉の田口」では、特選リブロース、ロース、赤身、ひれなど部位ごとにとん漬けを販売する。かつて人気を誇った豚ホルモンのシロも販売している。また、海老名や市内の恩名に焼肉店があり、そちらで自社のとん漬けを食べることができる。やはり、とん漬けはバーベキューや焼肉として網焼きして食べるのが基本のようだ。

豚ホルモンも厚木の名物

厚木のホルモンは、丸のまま割かずに内側と外側を逆にして、内臓脂肪を腸で包み込むようにするのが特徴だ。焼いているうちにパンパンに膨らみ、溶けた脂身が、口の中ではじけ出る。非常に脂っこいので、とん漬けを一緒に食べると、ちょうどいい塩梅になる。いずれにせよ、地元産の豚肉をとことん味わい尽くすのが厚木流だ。

老舗の一つ「肉の田口」

まずは「肉の田口」で購入した特選リブロースを食べてみた。漬け込みに使う味噌は、信州味噌、中京の豆味噌、九州麦味噌を合わせた味噌に、厚木の地酒「盛升」を加えたもの。調理法は基本に則り、網焼きした。焼く前には味噌は拭わない。肉の表面を覆う味噌が焼けてくると香ばしさが際立つ。

味噌をつけたまま網焼きにする

肉は意外にしっかりとした歯ごたえだ。肉自体に合わせ味噌の味が染み込んでおり、表面にも焼けた味噌が残っているので、そのままでしっかりと味わえる。少し甘めの味噌と脂身の甘さが相まって、絶妙の味わいだ。特に、溶けた脂が少し焦げた端の部分にしっかりとしたうまみと甘さがある。

フライパンにアルミホイルを敷いて

網がない場合は、フライパンでも調理可能とのこと。ただし、フライパンで直接焼くと焦げやすいとのことで、フライパンにアルミホイルをのせ、そこに油をひいてから味噌を拭わずに焼くのがオススメという。アルミホイルの代わりにクッキングシートを敷いてもいいとのこと。試しに、ロースはフライパンで焼いてみた。確かに、焦げ過ぎず、いい感じの焼き上がりになった。

「波多野商店」本店

駅前にも支店がある「波多野商店」もとん漬けの老舗の一つだ。同店の創業者は高座郡海老名村に生まれ、早くから豚の改良に取り組んでいたという。大正の初めに厚木に豚肉店を開業するに当たり、地元特産の加工技術を生かし、味噌で豚肉を漬け込み、とん漬として売り出したという。

焼くと衝撃的に黒くなる

「波多野商店」は基本ロースのとん漬けだ。秘伝という味噌は「肉の田口」に比べてかなり色が濃い。まずは基本の網焼きで食べてみる。見た目同様、味もしっかりしている。焼く前からかなり色の濃かった肉が、焼くとさらにいっそう黒ずんでくる。決して焦げているわけではない。しっかりとした味噌の味わいが口の中に広がる。ご飯のおかずにぴったりだ。

とん漬けでとんかつ

さらにもう1枚は、実はおいしいというとんかつにして食べてみた。とんかつにする場合は、味噌はすべて取り除くのが基本だ。肉の表面から味噌を拭って、薄力粉をまとわせてから溶き卵をつけて、パン粉をまとわせる。これを、油で揚げればとん漬けとんかつのできあがりだ。肉に十分下味が付いているので、ソースなしでも美味しく食べられる。サクサクとした食感と甘い味噌の味わいで、ビールも白いご飯も進む味だ。

「厚木市まるごとショップあつまる」

厚木市の特産品を集めたアンテナショップ「厚木市まるごとショップあつまる」でもとん漬けは取り扱っている。丹沢にも近く、鮎の甘露煮など、渓谷の味もまた厚木の名物だ。そんな中でも、とん漬け、ホルモン、さらにはソーセージなどの豚加工肉は厚木を代表する味と言える。都心のベッドタウンのイメージが強い厚木だが、地元ならではの味には事欠かない。訪れた際には、ぜひ地元ならではの産品を味わってみてほしい。

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