東京都北区、赤羽駅を頂点に、埼京線十条駅、京浜東北線東十条駅を結ぶ三角地帯は、大衆酒場が多く、葛飾区の立石などと並んで「せんべろ(1000円でべろべろになるまで酔っぱらえる)の町」として人気が高い。そんな三角地帯に特有のご当地グルメがある。からし焼きだ。

「からし」といいつつ、色は真っ赤。つまり、黄色いからしではなくトウガラシが味の主体だ。しかも「焼き」と言いつつ、やたらとつゆだくで、一見するとスープ料理に見えなくもない。「名」が「体」を表さない不思議なご当地グルメなのだ。もともとは、東十条にある「とん八」が元祖といわれているが、その美味しさがまちの人々に愛され、十条や赤羽など、三角地帯のいくつかの店で提供されている。

簡潔に表現すれば、焼いた豚肉に、豆腐が大量に入った、トウガラシやニンニク、ショウガなどで味にパンチを効かせた汁がかかった料理、といえばわかりやすいだろう。一見、麻婆豆腐にも見えなくもないが、水溶き片栗粉でとろみをつけていない点や、麻婆豆腐の肉が、豆腐を引き立てるあんの一部であるひき肉なのに対し、からし焼きでは、肉は、分量こそ豆腐が勝るものの、主役の座にあるといった違いがある。まずは元祖店の「とん八」でその味を確かめてみよう。

「とん八」は東十条駅前にある、カウンターだけのコンパクトなお店。席数も限られているので、行列は覚悟のうえで訪れたほうがいいだろう。カウンター越しのオープンキッチンなので、調理の様子は目の前で見ることができる。まずは鍋で豚肉を炒める。基本はこま切れ肉だが、別料金を払えばロース肉に昇格する。たまたま隣に居合わせた常連らしき夫婦は「肉をダブルで」と注文していた。メニューにはないが、裏メニューのようだ。「とん八」のからし焼きは、仕上がりでは、肉よりも豆腐の方が量が多い。肉を楽しみいたい向きには、この裏技が有効だろう。

調理法を見れば、肉とその上から掛ける汁が別調理されていることが分かるはずだ。まずラードを入れた鍋で盛大に炎を上げながら肉を炒める。スープを入れたら、いったん肉を取り出して皿に盛る。その後、鍋に残ったスープに大ぶりなままの豆腐を加え「かけ汁」を作る。仕上げに、ニンニクとショウガをすりおろしていく。鍋を振る背中越しに、シャリシャリというすりおろす音が延々と続く。いったいどれほど入れているのか。

これを肉にかければ出来上がりだ。仕上げには薬味のネギと、糸切りにしたキュウリを散らす。このネギときゅうりが、真っ赤な汁で熱せられていくのが、またいい塩梅なのだ。ライスやみそ汁などは別注文になる。ニンニクとショウガ、トウガラシの味付けで、結構白飯が進む味だが、一方で、豆腐の量も結構お腹にたまるほどだ。ライスのサイズは、腹具合と相談しながら決めるといいだろう。

ひと口目はそれほど辛さを感じなかったが、食べ進むうちにじわじわと辛さが効いてくる。そこで、白いご飯を口にほおばると何とも言えないおいしさになる。ビールもいいだろうが、からし焼きを食べる際には、やはり白飯が必須だ。しばし、からし焼きと白飯を交互に食べ進んでいく。後半戦になってくると、その「具だくさんのスープ」がどうにも気になってくる。

最後は、残った肉と豆腐を汁とともにご飯にぶちまけてしまった。あまりお行儀のいい食べ方とは言えないが、茶碗をつかんで、箸で流し込むように口の中へと導いていくと、えも言えぬおいしさになる。そもそも「せんべろの町」だ。お行儀なんて気にしていては、その魅力は味わえない。

三角地帯、次は十条に行ってみよう。訪れたのは、埼京線十条駅南口を出てすぐのところにある「味の大番」だ。こちらもカウンターのみの小さなお店だ。ご飯付きのからし焼きライスに加え、味噌汁も付いたからし焼き定食がメニューに載る。元祖店の「とん八」と比較して、一見して「控えめ」であることがわかる。

まずは、汁の赤さが控えめ。ということは当然、辛さも控えめ。対照的に、汁の甘さが結構強い。基本甘辛なのだが、「とん八」では、甘さよりもトウガラシ辛さとニンニク・ショウガの刺激が勝っているのに対し、「味の大番」ではそれが逆転している感じだ。さらには量も控えめ。肉は「とん八」に比べて厚みがあったが、豆腐はやや控えめだった。さらに言えば、お値段も控えめだった。

ニンニクもすりおろしではなく、房のまま入っていた。今回は1人前で2片。その面でも控えめと言えるだろう。ご飯も「とん八」の中ライスが山盛りだったのに対し「味の大番」の普通盛りは茶碗サイズ。からし焼き初心者には、ちょうどいいボリュームと言えそうだ。

三角地帯、最後は赤羽だ。赤羽岩淵駅そばにある「支那そば大陸」でからし焼きを食べた。店名の通りラーメン店なので、だしはラーメンスープだ。豆腐が多い点や甘辛い味付けは、前出2店同様だ。パック入り豆腐を5分の4ほど入れていた。興味深かったのは、「支那そば大陸」では肉を別調理にしないこと。肉が入ったままで豆腐を入れて煮込んでいく。なので、仕上がりは肉がやや固めになる。

汁はさらっとめで「とん八」のようなドロドロ感はない。辛さも比較的強めだが、甘さも強めだ。定食には中華スープが付いてきたが、一方で、からし焼きにはスプーンも添えられていた。前出2店もスプーン付きで提供されていた事実から考えると、スープをすするというか、飲むことを前提としているという意味だろう。なので、これはつゆだくではなく、汁=豆腐たっぷりの甘辛いスープがかかった焼肉と解釈すべきだろう。

ちなみに全国チェーンの「餃子の王将」でも、赤羽駅南口店限定でからし焼きが提供されていた。ただし、汁がけではなく、あくまで中華風の肉豆腐ピリ辛炒めだった。玉ねぎが入っていたり、前出3店では薬味として散らされていた長ねぎも一緒に炒められていたり等、あくまで「餃子の王将風からし焼き」だ。とはいえ、大手チェーンも地域の味としてメニューに加えざるを得ないほど地元に根ざした味、と言うことでもあるのだろう。