手間要らずの正月料理、縁起も 佐野の耳うどん

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うどんは、小麦粉を原料とする和の食材だ。香川県や埼玉県をはじめ、日本全国で小麦粉を麺に打って食べている。一方で、同じく小麦粉を練った上で、麺にはせずに食べる習慣も、うどんほどではないが全国に点在している。シート状にして食べる東北地方のはっと、山梨県の富士川沿岸で食べられているつまんで作るみみ、だんご状にする九州のだご汁などだ。そんな、麺ではない、かつお好み焼きなどのコナモンではないうどん類のひとつに栃木県佐野市葛生地区および宇都宮市城山地区に伝わる耳うどんがある。

生の耳うどん

練った小麦粉を麺やだんごではなく、耳に似た形に成形することから耳うどんと呼ばれている。作り方は、ほぼうどんだ。小麦粉に水を加えて練り、寝かせてコシを出す。その後、麺棒で延ばしていくまではうどんと一緒だ。延ばした生地を屏風だたみにして幅4センチに切り、それを広げて6センチほどにし、半分に折る。折った一方を着物の衿を合わせるように折り合わせ、右前にする。合わせ目を離れないように指で押しつければ耳のような形になる。これを、沸騰した湯で全体が浮き上がってくるまで茹で、茹で上がったら水に浸けておく。

水に浸して保存する

この水に浸けるというのが、耳うどんならではの特色だ。うどんは、生麺で食べる他、保存用には乾麺にすれば長期保存が可能だ。一方で、耳うどんは水に浸けることで、一定の限られた期間保存できるように工夫したことで誕生した食文化だ。限られた期間とは、実はお正月だ。

まさに耳そのものの形

現在では1年を通して食べられるようになった耳うどんだが、そもそもは正月の来客に手間のかかる料理を準備するのが大変だったために、年の暮れのうちに耳うどんを作り、冷水に浸して保存、正月の来客に振舞ったのがルーツになっている。比較的気温の低い北関東ならではの生活の知恵だ。さらに宇都宮市では、暮れのうちに作った耳うどんを乾燥保存、星宮神社の祭の際に食べられたという。

下野星野宮神社

佐野市では、この耳の形をしたうどんを手に持ち耳に当て「いい耳聞け」とその1年よいことがあるようにと祈る風習がある。さらには、悪魔の耳を食べてしまえば、我が家の話を悪魔に聞かれず、その年を無事に過ごせる、あるいは耳を食べてしまえば悪口が聞こえなくなるので近所づきあいが円満になるな、ど様々な言い伝えがある。と言うわけで、佐野市周辺ではけっこうポピュラーな食べものなのだ。

シンプルな味付けのだし

調理方法は、鍋に張っただしに、サトイモ、ダイコン、ニンジン、ゴボウなどを刻んで入れ、しょうゆやみりんで味付けする。そこみ耳うどんを入れて温めればできあがりだ。耳うどんさえ作りおいておけば、短時間で簡単に腹持ちのいい料理ができあがるという塩梅だ。

野村屋本店 のれんに「耳うどん」

実際に地元で耳うどんを食べてみよう。耳うどんと言えば、地元で代名詞のようになっているのが、ニラそば・大根そばの取材の際にも訪れた、JR両毛線・東武佐野線の佐野駅や佐野市役所にもほど近い中心市街地に店を構える老舗「野村屋本店」だ。

恭しく漆器で登場した耳うどん

メニューを見ると、ゆずや椎茸が入ったデフォルトの耳うどんの他に、けんちん汁、かも汁、みそ煮込み、もつ煮込み、そしてカレー煮込みと、実に6種類もの耳うどんが並ぶ。そばやうどんにも負けないバラエティーの多さだ。それだけ、普段の食生活の中に馴染んでいるのだろう。

お盆にまで屋号が

まずは基本の味を確かめないと。耳うどん(ゆず・しいたけ入り)を注文した。耳うどんは蓋付きの漆器で登場した。漆器はもちろん、耳うどんをのせたお盆にまで「野村屋本店」の屋号が入っている。由緒正しき老舗なのだろう。

「野村屋本店」の耳うどん(ゆず・しいたけ入り)

まずは汁をひとくちすすってみる。メニューの通り、ゆずの香りがしっかりと鼻に抜けていく。そして舌には干し椎茸特有のうまみが残る。干し椎茸の戻し汁が入っているのだろう。ささがきにした根菜類が入るものの、全体的に野菜は控えめだ。肉は鶏肉が入っていた。干し椎茸の戻し汁と鶏肉というシンプルな組み合わせは、江戸・下町の雑煮の味付けにそっくりだ。

ゆずが香る

具はかまぼこ、伊達巻き、カニカマ、なるとが乗る。やはり、江戸の雑煮を思い起こさせる組み合わせだ。澄んだしょうゆ色の汁の上に浮かぶ色鮮やかな具の数々が、黒い漆器の中で実に映える。正月に食べるのが基本と言うだけに、祝いの膳を思い起こさせる色使いだ。

ボリューム満点

肝心の耳うどんはかなりのボリュームだ。厚みがあり、大きさもかなりのものだ。それがどっさりと汁の中で泳いでいる。肉厚な分、食感は麺よりもすいとんなどに近いものがある。もっちろとした耳うどんに歯がじわじわと入っていくのだ。その食感と相まって、かなりの腹持ち感だ。

耳うどんアラビアータ

バラエティーの豊かさは、東北自動車道の佐野サービスエリアでも実感できた。食堂では、汁物の耳うどんの他に、パスタとして耳うどんを使ったイタリアンなメニューも用意されていた。耳うどんアラビアータとボンゴレ耳うどんだ。せっかくなので、耳うどんアラビアータにトライしてみた。

パスタとしても美味しく食べられる

くせがないので、パスタとして味わっても何の違和感もなかった。トマトソースともトウガラシの辛味とも、そして後添えの粉チーズ、タバスコとも絶妙のマリアージュだった。お正月用の食材として誕生し、今では通年で食べられるようになった耳うどん。和食の枠を超えることにも違和感はない。意外に、今後幅広い食べ方が登場するかもしれない。

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