自宅で食べる味付けかしわ 「高島とんちゃん」

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とんちゃんとは韓国語で「腸」を意味する言葉。ホルモンだ。朝鮮からやってきた人たちが、特に鉱山労働でのスタミナ食として、日本に持ち込み、全国に広がった。山口県下関市のとんちゃん鍋、福井県大野市のとんちゃんなどが知られる。しかし、腸でなく正肉をとんちゃんとして食べる地域がある。しかも鶏肉だ。それは、滋賀県、琵琶湖の西側、湖西地域の高島市一帯だ。

味付けをしてから焼く

伝統的に肉食を忌避してきた日本の食文化。肉食が一般化したのは、明治維新とともに西洋の食文化が入ってきて以降のことだ。その一方で、鶏肉は明治以前から食べるケースも多かった。卵を目的に鶏を飼い、年齢を重ねて卵を産まなくなった「廃鶏」の肉を食べる。使役動物の肉を、感謝とともに「ありがたくいただく」のもまた、日本特有の食文化だ。

焼き上がった高島とんちゃん

高島とんちゃんはまさに「廃鶏の肉をありがたくいただく」文化から生まれた食文化といえる。高島地域は、採卵業が盛んだった。かつて廃鶏は、鶏舎から捨てられる存在だったという。一般に日本では、卵を産む前のひなどりを食べる。産卵を経験した鶏の肉は筋張っていて肉質が固いため、食べにくいからだ。しかし、山形県河北町の冷たい肉そばや岡山県笠岡市の笠岡ラーメンなど、廃鶏の肉を好んで食べる地域も多い。肉質は固いものの、噛みしめるうちにうまみが増してくるのが、廃鶏肉=おやどりの特徴でもある。

キャベツとの相性がいい

高島とんちゃんは、硬いおやどりの肉を、なんとかして美味しく食べられないかという、いわばフードロスの考え方で編み出された。その元祖は、1961(昭和36)年創業の、高島市安曇川にある鶏肉専門店「鳥中」といわれている。しかし、創業当時に販売していたのは味付けした鶏肉ではなかった。「どうすれば美味しく食べられるか」試行錯誤の末に、赤味噌のたれをまぶした「味付けかしわ」に至る。

「鳥中総本店」

「鳥中」創業者は、近隣の焼肉店を回って試作品の味見を依頼。改良を重ね、おやどりが最もおいしく食べられる味噌だれの配合を考案した。これが評判を呼び、「鳥中」の店頭でも味付けかしわを扱うようになった。今では「鳥中」といえば、とんちゃんのお店だ。

「鳥中」の味付けかしわ

1967(昭和42)年には、鶏肉専門の焼肉店「お多福」をオープン。ここで常連客が、この味付け鶏焼肉を「とんちゃん」と呼び始める。その詳細は不明だが、臭み消しのために濃く味付けしたホルモン=とんちゃんの味に似ていたからと言う説が有力だ。現在では、おやどりに限らず、わかどりも、内蔵肉など様々な部位も含めて、赤味噌で味付けした鶏肉全般をとんちゃんと呼ぶようになった。

家庭で食べることが多い

今は高島の名物料理、ご当地グルメと呼ばれるようになったとんちゃんだが、実は観光客にはちょっと食べにくい存在だ。地元でとんちゃんは「家で食べるもの」であり、取り扱う飲食店が非常に少ないのだ。「お多福」も「鳥中安曇川駅前店」の開店とともに営業を終えた。とんちゃんは、基本的に味付け肉を買ってきて家で焼いて食べるものなのだ。

「地鶏専門店とんちゃん焼きはしもと」

そんな中、おいしいとんちゃんを地元で食べられるのが、JR湖西線安曇川駅前で営業する「地鶏専門店とんちゃん焼きはしもと」だ。近くで鶏肉専門店を営む「橋本かしわ店」の系列店だ。鶏舎も持つ「橋本かしわ店」だけに、鮮度抜群のとんちゃん、鶏肉料理を食べられる。

親どり(左)と近江しゃも

実際に「地鶏専門店とんちゃん焼きはしもと」を訪れた。そのルーツに敬意を表して、おやどりからいただこう。軽く味付けしたおやどりをロースターで焼く。「はしもと」のとんちゃんはだれは少なめで、焼き上がりを改めてたれに浸して食べる。さっぱり味のたれとこってり味、さらにはポン酢も用意されている。脂身の少ない廃鶏肉にはこってり味のたれが合うように感じた。

こってり味のつけだれで

おやどりの肉というと非常に硬いイメージだが「はしもと」のとんちゃんは、もちろん特有の歯ごたえはあるものの、噛んでも噛んでも噛み切れないような硬さではなかった。むしろおやどり特有のうまみの強さを、噛みしめながら味わえる。

親どりに勝るしゃも

同時にしゃもも注文した。わかどりとは違い、しゃもも歯ごたえのある肉。そのうまみは、おやどりに勝る。もちろん、おやどりに比べ値段は張るが、食べ比べるとその味わい深さをしっかりと感じることができる。

お通しの鳥もつ煮がとても美味しかった

実はその美味しさに驚かされたのが、お通しとして出てきた鳥もつの煮物だった。もつはそもそも臭みがあるので濃く味付けするものだが、ショウガがしっかり効いているせいもあるのだろうが、臭みが皆無だった。鳥もつの美味しさだけを味わえる。鶏舎も持つ「橋本かしわ店」だけに、その鮮度は抜群なのだろう。

自宅で焼いた高島とんちゃん

「家で食べるもの」なら、やはり家で食べてみないと。ということで、「鳥中」でとんちゃんを買ってきた。ショーケースには肉だけが並んでいる。部位を選んで注文し、その上でそのまま持ち帰るか、とんちゃんにするかを決める。価格は変わらない。並んでいた客の全員が「味付きで」だった。肉を大きなボウルに取り、そこにみそだれを入れ、一通りもむようにかき混ぜて袋に入れる。漬け込むのではなく「味付け」といった感じだ。

日本橋で買える「鳥中」の高島とんちゃん

家に持ち帰って焼いてみる。結構時間がたったこともあり、しっかり味が染みて、たれは不要だ。キャベツを炒めて添えた。やはりキャベツとの相性がいいようだ。さすがに湖西まで買いに行くのは一苦労だが、東京ならば、日本橋の滋賀県アンテナショップ「ここ滋賀」で冷凍のとんちゃんが買える。一度食べてみてほしい。

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