雪深い地域や山深い地域では、独特の食文化が生まれやすい。干し魚や漬物、干し野菜といった類いで、雪に埋もれることで食材が手に入りにくくなるため、冬季に向けた保存食が発達するからだ。また、海から遠い地域では、山がちで川幅も狭く、大型の魚が乏しいため、タンパク質が不足しがちになる。そこで、干し魚や干し肉、あるいは豆類を保存食にしてタンパク質不足に備える食も発達しやすい。そんな背景から雪深くかつ内陸地域である南魚沼で生まれた食が、きりざいだ。
きりざいの「きり」は「切る」ことを、「ざい」は野菜の「菜」を意味する。南魚沼といえば、日本を代表する米の生産地の一つ。冬に積もる深い雪は、春には水となって水田に注ぎ、おいしいお米を育む。しかし、豪雪が故に冬は家の外に出るのも困難なほど。そこで、納豆と刻んだ野菜類を混ぜ合わせて味をつけて食べる、魚沼地方伝統の郷土料理が誕生した。雪に埋もれて肉や魚がほとんど食べられなかった時期は、納豆が貴重なたんぱく源だった。もちろん、発酵した納豆は保存性も高い。
漬物類を細かく刻んだのは、冬季は食材自体がとても貴重だったため、余った漬物や野菜の切れ端を細かく刻んでかさを増しして食べたのがはじまりだといわれている。その歴史は古く、戦国時代には武士が兵糧として持ち歩いていたという記録が残っているほどだ。
そうした歴史的背景から、きりざいはハレの日ではなく、日常食べる「普段のごはん」だ。そのため、何を入れるかは、家によって違うという。刻んで混ぜるだけなので、手軽に調理できて、栄養価も高い。しかも南魚沼産の美味しいお米をより美味しく食べられることから、地域を代表する「ご当地グルメ」として注目を集めるようになった。
実際に南魚沼できりざい丼を食べてみよう。地域を代表する食べものだけに、道の駅でも食べられる。国道17号線沿いにある道の駅南魚沼に併設される「ちゃわんめし『たっぽ家』」は、名産の南魚沼産コシヒカリをその場で食べられる、がコンセプト。その代表的な料理がきりざい丼という訳だ。
「たっぽ家」のきりざい丼は、きりざいとご飯の間に鮭のフレークが敷かれている。南魚沼は内陸だが、日本海沿岸北部に位置する村上は鮭が名物。その鮭をフレークにして保存性高めているところがまた新潟らしい。納豆だけでなく、動物性タンパク質も加えることで、より味わいを高めている。
添えられているのは、かんずり。新潟県妙高市産の唐辛子とこうじ、ゆず、塩を混ぜ合わせ、3年以上の熟成・発酵期間を経てつくられる新潟ならではの香辛調味料だ。 辛さの中に独特のうま味が凝縮されている。これをきりざいと合わせて口に入れると、ご飯がいくらでも食べられる。
春の田植えから秋の稲刈り、冬のかまくらなど1年を通じて魚沼の自然の中で田舎体験ができる「上田の郷」でもきりざい丼が食べられる。ちょっと大ぶりに刻まれたたくあんや野沢菜などがたっぷりの納豆とよく混ぜ合わせてご飯の上にのせられている。これをご飯としっかり混ぜて口の中に放り込む。鮭がない分、納豆と漬物のシンプルなおいしさが味わえる。
興味深かったのは、「たっぽ家」も「上田の郷」も漬物、お新香を刻んでご飯にのせた丼にもかかわらず、たっぷりの漬物が添えられていることだ。地元の感覚だと、きりざいはあくまでも「おかず」であって、漬物は定食に必須の箸休めなのだろう。野菜たっぷりのけんちん汁もうれしい。
道の駅からも近い「我が家の卵」は、自家製南魚沼西山産のコシヒカリと魚沼地鶏の卵を使った家庭料理の店だ。「我が家の卵」のきりざい丼は、ご飯ときりざいが別の皿で供される豪華版だ。地鶏の卵が売り物だけに、きりざいには卵黄ものる。これをよくかき混ぜて炊きたてのご飯にのせていただく。
卵黄が加わることで、「たっぽ家」にも「上田の郷」にもないこくの深さが味わえる。よりご飯が進む味だ。本来は、雪深い中でも手に入れられる素朴な食材でつくるきりざい丼だが、南魚沼の名物として注目が高まることで、卵が入ったり、鮭が入ったりと、より豪華な味に進化しているようだ。
店主が長く鹿を飼っていたことから命名されたと言う「鹿小屋」では、テイクアウトできりざい丼をいただいた。これまでの3店との最大の違いは、納豆、鮭のフレーク、野沢菜、たくあんが混ぜることなくきれいにセパレートされて盛られていた点だ。一番上にはイクラも散らされている。最も豪華なラインナップだ。ここにたれをかけてよく混ぜてからいただいた。
とてもきれいな盛り付けだったが、持ち帰ってご飯が冷えてしまったこともあって、ご飯も合わせてよく混ぜて食べたのだが、これが抜群に美味しかった。炊きたてのご飯ならのせて食べるのもいいが、特に冷やご飯なら「混ぜご飯」にして食べても美味しいと感じた。おむすびで食べるのもおいしいのではないだろうか。
きりざい丼を旗印にまちおこしに取り組む南魚沼きりざいDE愛隊がご当地グルメでまちおこしの祭典! B-1グランプリに出展するなどして知名度が高まった南魚沼きりざい丼だが、南魚沼以外ではなかなか食べられないのが現状だ。地元産コシヒカリを抜群に美味しく食べられる「ご飯の供」だけに、ぜひ南魚沼まで食べに来てほしい。