宮崎県と県境を接する大分県南東端に位置する佐伯市。昭和に入り海軍基地ができると、軍都として発展した。戦中は空襲に見舞われるも、戦後は旧海軍施設跡に造船所など工場が多く建てられたものの、オイルショックを経て衰退。現在では漁業が主たる産業だ。しかし、水産業の生産量は県全体の6割以上を占めるなど、関あじ・関さばなどで知られる水産県大分を代表する漁業のまちだ。つまり美味しい魚には事欠かないまちなのだ。
佐伯の魚のおいしさは、以前、「世界一・佐伯寿司」として紹介した。今回紹介するのは、佐伯で日常的に食べられている調味料・ごまだしだ。焼いたエソ、カマスなどの白身魚を、胡麻と一緒にすりおろし、しょうゆなどを混ぜて作る。そのルーツには諸説あるが、漁師の家で、エソが大量に獲れた時の保存食として作り始められたといわれている。ごまが高い抗酸化作用を持つため、保存がきき、作り置きできるので、佐伯の家庭には欠かせない調味料だ。
近年は、コールドチェーンの発達など保存技術が向上したことで、獲れすぎた魚の処理に困る機会は少なくなった。さらにごまだしをつくる際には、骨を取る作業が必要で非常に手間がかかることから、ごまだしは衰退の危機にあった。2004年に漁師の家の主婦たちで結成された「漁村女性グループめばる」が地元ならではのごまだしに着目、全国区に押し上げるために商品化、普及活動をスタートさせた。
09年には、ごまだしうどんを旗印に佐伯のまちおこしに取り組む市民グループ、佐伯ごまだしうどん大作戦が、秋田県横手市で開催された第4回「ご当地グルメでまちおこしの祭典! B-1グランプリ」に出展、その知名度を一気に引き上げた。
地元の「味愉嬉食堂」を訪ね、実際にごまだしを味わった。店主の磯貝直利さんは、お店に出すだけでなく、自家製のごまだしを瓶詰めにして販売している。この日はちょうどごまだしづくりを終えたばかりだという。ごまだしにしたエソのアラを塩焼きにしてもらった。
アタマの部分。鋭い歯が特徴的だ。噛まれたら血が止まらないという。目の下の部分にたっぷりと身が付いているという。箸でほじくると確かにプリプリの白身がたっぷり出てきた。新鮮なエソは、ほとんど捨てるところがないという。
ヒレの部分は鳥の形に似ていることから「ツバメ」と呼ばれる。確かに羽ばたくツバメのようだ。脂がのっていい酒のつまみになる。
秋のエソは卵を抱えている。この卵が絶品だ。軽く焼くとこれまた酒の供にぴったりだ。エソは骨が多く、料理しづらいため、かつては釣っても捨ててしまう人が多かったという。こうして手をかけて食べれば、アラだって美味しい。捨ててしまうなんて信じられないほどの味わいだ。
ごまだしは調味料。うどんだけでなく、幅広い料理に応用可能だ。典型的な食べ方が冷や奴だ。とうふにたっぷりのごまだしと刻みネギをのせてもらった。ごまだし特有の深い味わいが控えめな冷や奴の味わいにガツンとパンチを加える。
自宅でよく食べるのが、ごまだしのおひたし。茹でたホウレンソウや小松菜に、これまたたっぷりとごまだしをのせる。ディップソース代わりにして野菜スティックに添えるのもいいだろう。日本酒との相性抜群だ。
今回磯貝さんから薦められたのは、トウガラシやクミン、ニンニク、コリアンダーなどの香りが食欲をそそる、地中海生まれの万能調味料・ハリッサとの組み合わせだ。これがなんとも絶妙なマリアージュなのだ。磯貝さんによれば、あまり辛すぎない「KALDI」のハリッサがお薦めなのだとか。このハリッサと一緒に佐伯ごまだしうどんを食べてみよう。
「味愉嬉食堂」では、釜揚げうどんのつけ麺スタイルで食べ始め、最後は湯にごまだしを溶かして食べてほしいという。まずごまだしをスプーン1杯猪口に入れ、そこにうどんの丼かられんげで2~3杯の湯を注ぎ、濃いめのつけ汁ででうどんを味わう。
次に、柚子の代わりに大分特産のかぼすを使ったかぼす胡椒を少し加える。生のかぼすもぎゅっと絞り入れる。さらに豆乳を加えて、つけ汁をカルボナーラ風に。さらにはカレースパイスも加え、最後にハリッサを投入する。次第に味変しながら食べ進めると、ごまだしの様々な可能性が引き出される。
そして真打ち登場。うどんを入れたどんぶりの湯にごまだしをどっさり溶き入れる。この際にハリッサも一緒に入れてしまおう。今まで食べたことがない、なんとも奥行きのある佐伯ごまだしうどんが味わえる。帰りに「味愉嬉食堂」のごまだしを買って帰り、ハリッサを買いに「KALDI」を訪れた。
うどんだけでなく、お茶漬けやおにぎりにもベストマッチという佐伯ごまだし。さらには、エソだけでなく、アジ、カマス…様々な魚が原料になる。その味は無限大だ。