北海道のご当地グルメを都市単位で紹介する「北海道あのまち、この味」。2回目は道東十勝地方の中心都市・帯広だ。農業が盛んな十勝地方にあって、農産物の集積地、商業都市としての役割を担っている。開拓時代以来の農耕馬によるレース「ばんえい競馬」は、農業のまち・帯広のシンボルとして知られる。豊かな農業に由来する食材を使ったご当地グルメが山積だ。
帯広の味としてまず思い浮かぶのは豚丼だろう。十勝地方では、明治の末ごろから養豚がはじまり、豚肉が親しまれてきた。豚丼発祥の店と言われているのが、1933(昭和8)年創業の「ぱんちょう」。初代の阿部秀司社長が、炭火焼きした豚肉をうなぎの蒲焼き風のたれで味付けして丼をつくったのがそのルーツと言われている。
汗して農地を切り開き、そこでまた農耕に励む地元の人々を見て、スタミナのつくうなぎを提供しようとしたものの、うなぎは高価。そこで、十勝地方で盛んだった養豚業に目を付け、身近な豚肉でうな丼風の味に仕上げたのだという。現在では、手軽に家庭で豚丼を味わえる「豚丼のたれ」が開発され、飲食店だけでなく、家庭料理としても広く愛されている。
「ぱんちょう」で豚丼を食べてみよう。店名の由来は、中国語で食事処を意味する「飯亭(ぱんちょう)」。汁物、飲み物の他、メニューは豚丼のみ。丼にのる肉の量が、松→竹→梅→華の順で増えていく。通常は梅→竹→松の順でグレードが上がっていくのが一般的だが、「ぱんちょう」では逆。秀司社長が出征中に、うめ夫人が7人の子どもを育てながら店を守ったことから梅が上位とされている。
上質の豚ロースを炭火焼きにし、まさに「うな丼のたれ」味のたれで味付けしてある。肉の表面の焦げ目が炭火焼きの証拠だ。そしてこの「うな丼のたれ」味のたれが実に白いご飯に合う。ロースの脂身の甘みと渾然一体になって、ご飯を口の中へと誘う。たれの染みたご飯の部分だけ食べても十分においしい。
豚丼ほどの知名度ではないが、帯広を訪れた際にはぜひ食べておきたいご当地グルメが中華ちらしだ。ひと言で言うとあんかけじゃない中華丼。市内の中華料理店「あじ福」が中華ちらしの元祖と言われている。店主が修業時代にまかないとしてつくったのが始まりという。現在では「あじ福」以外の中華料理店にも広がり、スーパーの惣菜コーナーでも販売されるなど、帯広市民に広く定着している。
「あじ福」の中華ちらしは豚バラ肉にエビ、イカ、アサリを加え、モヤシ、白菜、タマネギ、長ネギ、ニンジン、チンゲンサイ、キクラゲを加えて炒めたもの。オイスターソースやうまみ調味料を加え「ザ中華」の味に整え、最後に炒り卵とごま油を加えて仕上げる。その味わいはまさに「中華炒め」だ。あんを加えていない分、高温の中華鍋で一気に炒める野菜のシャキシャキ感が味わえる。
中華ちらしは店によって、それぞれ個性がある。「春香楼」では、豚肉を細切りにし、ピーマンも入るなど一見、卵が加わった青椒肉絲(チンジャオルースー)風。酢を少し多めにかけて食べると美味しい。
カレーというとどこのまちにでもある、ラーメンと並ぶ日本人が大好きなメニューの一つだが、帯広では地元チェーンの「インデアンのカレー」が市民のソウルフードとして位置づけられている。「インデアン」は、1968(昭和43)年に1号店をオープン、現在帯広市内に10店舗、釧路市内に2店舗を展開するローカルチェーンだ。
コンセプトは「帯広で2番目においしい店(一番おいしいのは妻と母の料理だから)」。テイクアウトに注力し、地元で開催される様々なイベント、会合等には鍋でカレーを届ける。さらには、個人の持ち帰りについても鍋の持参を推奨し、ルーのみの価格も設定している。そのため、地元市民の食卓に深く浸透、ソウルフードと呼ばれるまでになった。ベーシック、インデアン、野菜とルーは3種類、辛さも選べ、具もいろいろ選べるなど、幅広い層に安くカレーを食べさせるスタンスが愛されている。
「満寿屋」の白スパサンドもやはり、地元市民に愛されている味だ。マヨネースで和えたスパゲッティが挟まれたサンドイッチの味は想像に難くないが、「満寿屋」ならではなのは自家製からしマヨネーズによる味付け。そして、スパゲッティが短くカットされている点だ。
切断面を見ると分かりやすい。スパゲッティが短くと言うより細かく切られていることが一目瞭然だ。一見ありがちなマヨスパだが、細かくカットされたスパゲッティの食感と、からしの刺激が「帯広ならでは」の味に仕立てている。
「インデアンカレー」「白スパ」と帯広「ど」ローカルな味を紹介したが、最後にナショナルブランドとも言える帯広の味も紹介しておきたい。マルセイバターサンドで知られる「六花亭」だ。北海道アンテナショップや百貨店の北海道物産展でもおなじみの人気商品だが、帯広の本店ではマルセイバターサンドだけではない、帯広ならではのスイーツが味わえる。
サクサクパイは、店頭のみの限定商品。さくさくの食感が特徴のパイに、食べる直前にバタークリームを絞り入れる。パイがすぐにクリームの水分を吸収し食感が損なわれてしまうという。そのため、作りたてで食べられる店舗のみでの販売となっている。
「マルセイアイスサンド」もやはり店頭のみでの販売。人気商品である「マルセイバターサンド」の中身がアイスクリームになっており、ホワイトチョコレートとレーズンがビスケットでサンドされている。バタークリームがアイスになることで、あっさり感が増すとともに、ひんやりした歯触りも楽しめる。いずれも、賞味期限の長い商品にはない味と食感が特徴なので、ぜひ本店を訪れて食べてみたい。
夜はぜひ、全国の屋台ブームの先駆けとなった「北の屋台」で呑んでほしい。「北の屋台」は、帯広を元気にしたいという人々によって「人と人とが触れ合う場所」としてつくられた。出店者は3年をメドに店舗開業するという、地元飲食店を育てる場でもある。今回おじゃましたのは、「Asian・アイヌ居酒屋ポンチセ」だ。
豊川純子店主が子どもの頃から親しんだアイヌの味を手軽に食べられる。つきだしからして美味で、ちょっとした酒のつまみが抜群に美味しい。料理ができるまでの「つなぎ」として頼んだかにみそ豆腐。てっきり豆腐にかにみそをかけたものだと思い込んで注文したのだが、かにみそを練り込んだ豆腐が出てきた。もちろん、その美味しさにも驚かされた。
ムニニモシトは、いも団子。発酵したじゃがいもを使ったアイヌ流の保存食だ。パンのような餅のような個性的な食感を持ち、バターを塗って食べればトースト感覚で、塩昆布を添えて食べれば酒のつまみとしても食べられる。
幕別町忠類地区と帯広市川西地区の10数件の農家でだけしか栽培されていないという幻のゆりね「月光」を使ったバター焼き。ねっとりとした食感と砂糖を加えているのかと思うほどの豊かな甘みを味わえる。北海道らしい濃厚で新鮮なバターの香りが、その食感と甘みを引き立てる。
アイヌの人々が好んで食べるシケレベ(キハダの木)の実を漬け込んだ酒や北海道各地のクラフトジンなど飲み物も北海道らしさを存分に味わえる。もっともっと色々食べたい、呑みたいと思ったほどだ。シメは、豚骨と野菜とじっくり煮込んだアイヌの家庭料理、ポネオハウ。白濁豚骨スープとは真逆に、コトコト煮込んで澄んだスープに仕上げている。野菜の甘みと豚骨のうまみがいいマリアージュだ。アイヌの人々が獲ったジビエの骨からスープをつくったのが由来という。北海道らしさを存分に味わえた帯広だった。