ラーメンには鶏ガラや豚骨など動物系のだし、うどんやそばといった和麺には昆布やカツオブシ、あごなど魚介系のだしというイメージを抱きがちだ。その一方で、山形県河北町の肉そばは鶏だしのスープでそばを食べ、兵庫県姫路駅のえきそばはうどんのだしで中華麺を食べる。そうした各地に点在する「ミスマッチ」な麺料理の一つが、鳥取の素ラーメンだ。
![](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2023/07/0b5cfd20dad69801b8952a1872661017.jpg)
素ラーメンは、カツオブシや昆布でだしを取ったうどんのスープで中華麺を食べる料理だ。鳥取市内にある「武蔵屋食堂」で1955年ごろに誕生したと言われている。以前、人気テレビ番組「孤独のグルメ」で今はなき、旧鳥取市役所の食堂で提供されていた素ラーメンが紹介され、話題になった。
![](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2023/07/47ce246ce3d217b9770e7829725f8849.jpg)
具のない素うどんが、麺とだしのそのものの味を楽しむように、誕生の当初はもっとシンプルだったようだ。それだけに「武蔵屋食堂」をはじめ素ラーメンを提供する各店には、麺とスープの味わいにこだわりを感じる。そこに天かすが加わるとコクが増す。さらに、モヤシやかまぼこもトッピングされれば、単なる「具なしラーメン」とはまた違った味わいになる。魚介系のためやさしい味わいだが、地元の人はそこにコショウを入れてパンチを効かせて食べる。
![](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2023/07/d7f2d3d2fbb31f3df32827511bbdd34f.jpg)
では実際に鳥取で素ラーメンを食べてみよう。まずは元祖店に敬意を表して「武蔵屋食堂」から。鳥取駅と県庁を結ぶ鳥取のメインストリート・本通りから少し路地を入ったところにある、1912年創業の老舗食堂だ。素ラーメンは2代目が考案したとされる。価格は550円だった。
![](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2023/07/53a0c4e61a229d092a67ee21cd43f1f5.jpg)
カツオや昆布でていねいに取っただしはとてもシンプル。やや甘めの味付けで、和風の味わいだが、中華スープともうどんだしとも言いがたい味だ。麺は鳥取県産小麦を100%使った自家製麺。やさしいだしの味に合わせて香りと食感を調整したという。コシのやや柔らかめの縮れ麺だ。具はモヤシとかまぼこ、そして天かすはあらかじめトッピングされている。そこに薬味の青ネギがのる。
![](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2023/07/ad4f372848eb64c5e0fbaf285af5352b.jpg)
だしだけを味わうと結構甘めなのだが、これが中華麺と合わさると絶妙の味わいになる。和風だしと中華麺の組み合わせという違和感はまるでない。この組み合わせがベストであるかのような味わいだ。
![スープは甘さが立っている](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2023/07/e4b92dd3292afb28d3d296ddaafe5243.jpg)
鳥取の素ラーメンを全国に知らしめたのは、やはり「孤独のグルメ」だろう。しかし、井之頭五郎が食べた食堂は、市役所の建て替えに伴いすでにない。しかし、市役所食堂で素ラーメンを提供していた「富士割烹」が、実はそのままの味を別の場所で提供している。鳥取大学にほど近い日本海自動車学校内にある食堂「コメドール」だ。
![](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2023/07/52b8aa7d374688cbc140991fd515eb58.jpg)
教習所の食堂ということで11:30~14:00までと営業時間が非常に短いが、「孤独のグルメ」そのままの味を今でも食べることができる。価格は何と350円。驚くほど安い。メニュー名はカタカナで「スラーメン」だ。
![](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2023/07/d368d777fae90a5c626d4fa530610214.jpg)
350円という安さにもかかわらず、モヤシも薬味のネギもたっぷりだ。ここに好みで天かすをのせる。せっかくなのでたっぷりとのせてみた。スープは「武蔵屋食堂」とは対照的に甘みを感じない。実にシンプルな味わいだ。しかし、染み通るうまさだ。天かすの油でコクが加わることによって、シンプルで和風ながらも中華麺に良く合う味になる。今回3店で素ラーメンを食べたが、個人的にはベストの味わいだった。
![](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2023/07/d28849a52d53c5883e9d932fe860a98e.jpg)
井之頭五郎よろしく、たっぷりとコショウをかけていただく。このコショウとの相性が抜群なのだ。シンプルでやさしい味わいにコショウが絶妙のパンチを加えてくれる。口の中でどんどん味が膨らんでくるのだ。たっぷりめの具も、麺を食べきるのにちょうどいいボリューム感だ。こんなにおいしいラーメンを350円で食べられるのだから、鳥取の人は幸せだ。
![](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2023/07/e15058d86c220d423027124d5b4b3db3.jpg)
最後に2019年に新築された市庁舎を訪ねてみた。実は現在でも市庁舎内で素ラーメンを食べることができる。提供するのは、有名な「すなば珈琲」だ。かつて、日本の47都道府県の中で鳥取・島根の両県だけ「スターバックスコーヒー」が出店していないことを逆手に取り、平井鳥取県知事が「スタバはないけど日本一のすなばはある」と発言。これを受けて誕生したのが「すなば珈琲」だ。
![](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2023/07/62c88bf704596dcdad3ce82cc35977dd.jpg)
メニュー名は香素ラーメン。旧市役所食堂のスラーメンを代替するメニューとのこと。価格は400円だった。味は「コメドール」に近い味わい。甘さは強くない。天かすも「コメドール」同様、好みで入れるスタイルだ。
![](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2023/07/fa96e482531ba103eac6ae876378e4f9.jpg)
「香」が付いた分だろうか、「武蔵屋食堂」や「コメドール」にはないメンマと海苔が加わっていた。その分、味が多彩になっている。やはりたっぷりめに天かすを入れていただく。この日3杯目の素ラーメンだったが、シンプルな味わいは、お腹いっぱいでもするすると入ってしまうから不思議だ。
![](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2023/07/3dcbe8f1597dc3c5df74484a156559be.jpg)
そば・うどんを食べさせていた食堂が「自慢のだしでラーメンも」というのはありがちな発想だが、それを定番メニューにしているケースはそう多くはないのではないか。定着したのには訳があるのだ。とにかく美味いのだ。鳥取を訪れたら、ぜひ一度素ラーメンを味わってみてほしい。