静岡県の富士宮やきそばを筆頭に、横手(秋田県)や太田(群馬県)など、各地でご当地やきそばが人気だ。ソース焼きそばを基本に、麺や具にその土地ならではの地域性が現れている。そうしたご当地やきそばの中には、汁気が多かったり、さらにはスープをかけて食べるやきそばまである。青森県黒石市のつゆやきそばが有名だが、他にも山梨県に皿の底につゆたまるほどの汁だくのやきそばがあったりする。そんな汁気たっぷりのご当地やきそばの一つが、栃木県那須塩原市のスープ入りやきそばだ。
那須塩原のスープ入りやきそばは「釜彦」「こばや食堂」の2店がその人気を競っており、それぞれレシピに違いがり、ルーツも異なるようだ。その味は、個人的な感覚だが、人気の2店舗とも、やきそばというよりもラーメンに近い感覚で、ソースの味は、黒石つゆやきそばや千葉県船橋市のソースラーメンよりも押し出しが弱いように感じた。
「釜彦」は、国道沿いに広い駐車場を持つ、ロードサイド店の装いだ。店内には旧店舗の看板が残されていて、そこには「かつ丼 中華そば」と記されており、その2皿が看板メニューであったろうことが容易に想像できる。
スープ入りやきそば誕生の経緯は、半世紀以上前にさかのぼる。出前の際にやきそばにスープをつけてほしいという要望があった。まだラップもない時代。スープがこぼれないよう、どんぶりにやきそばとともにスープを入れて客の元に届けたのが最初という。
実際に「釜彦」のスープ入りやきそばを食べてみよう。運ばれてきた丼にはたっぷりのキャベツと鶏肉が麺を覆い尽くしている。そして頂には、刻んだなるとが乗っている。
スープはけっこう濃いめの色だが、あっさりしょうゆ味。和風のスープにやきそばのソース味が溶け出した黒石つゆやきそばに比べ、スープそのもののソース味はあまり強くない。船橋ソースラーメンを食べたことがある人ならば、船橋の方が明らかにソースを感じられることにも気づくはずだ。
一方で、専用の麺を使ったやきそばをすすると、スパイシーなソースの味が口の中に広がる。肉は鶏肉。やきそばに鶏肉、若鶏は非常に珍しい。しかし違和感はない。若鶏らしい軟らかい口当たりもあり、あっさりしょうゆ味のスープとともに食べ進めることができる。その意味では、やきそばにスープをつけてほしいという、そのルーツがよく再現された味わいだ。
ちなみに、同店のカツ丼はソースカツ丼。チャーハンもソース味というから、ソースに対するこだわりが感じられる。
「こばや食堂」は、川沿いの温泉街の通りにある昔ながらの食堂だ。同食堂のホームページによれば、かつて同地で営業していた食堂の裏メニューとして誕生したのがスープ入りやきそばで、そのレシピを「こばや食堂」で継承、店のスープの味に合わせて改良したのが、そのルーツという。
実際に「こばや食堂」のスープ入りやきそばを食べてみよう。これぞ町中華のラーメン丼といった装いの器からして、やはりラーメンのイメージが強い。スープの透明度も「釜彦」に比べて高い。味も、見た目同様にあっさりだ。
具はキャベツこそ一緒だが、肉は豚肉だ。細かく刻まれ、いかにもやきそば風に炒められている。ただし、やはりソース味のパンチは強くない。全体としてはスープのしょうゆ味が勝っている印象だ。
麺は食感と見た目を考え、やきそば用ではなく、あえてラーメン用のストレート麺を使っているという。それをいったんやきそばとして調理してから、スープと合わせる。食べ進むうちにほんのりソースがスープに染み出してくる。
那須塩原温泉郷には「釜彦」「こばや食堂」の他にも数店、スープ入りやきそばを提供する店がある。さらに、人気2店は、いずれも店舗内でこそ販売していないが、近隣のサービスエリアなどで、店名を掲げた箱入りのおみやげ用スープ入りやきそばも手に入れることができる。まさに、「ご当地の味」だ。那須塩原を訪れた際には、ぜひ、スープ入りやきそばを堪能してほしい。