これって本当にアナゴ? 江戸前のアナゴに慣れた人なら皆驚くに違いない。山陰島根・浜田港の大アナゴは肉厚で、ウナギよりもはるかに大きい。ウツボにさえ互するほどの大きさだ。ここまで大きいと大味なのではと疑いたくなるが、火を通せば、江戸前や瀬戸内のアナゴに勝るとも劣らないふわふわの食感になる。
![山陰有数の水産都市・浜田](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2023/05/20f1d5ae9137abdd2753465b40c62873.jpg)
浜田市は島根県西部、石見地方の中心都市だ。穏やかな気候に恵まれ、山陰有数の水産都市としても知られる。代表的な魚種はアジ、ノドグロ、カレイで、非常に脂ののったものを「どんちっち」という名前でブランド化している。そんなどんちっちブランドに負けず劣らずの高品質を誇るのが、大アナゴだ。
![巨大なアナゴ](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2023/05/accee3dbbbd38f460d9b4d3c4bed7f60.jpg)
地元で魚を商う「渡辺鮮魚店」の栂野恭範代表取締役によれば、浜田の大アナゴの品質の高さは、その豊かな漁場に由来するという。アナゴはその名の通り、海底に穴を掘って暮らす魚だ。浜田の漁場はプランクトンが非常に多く、それがどんちっちブランドの脂のりの源にもなっている。浜田港の漁船は比較的沖合でアナゴ漁をするが、その海域の水深、水温がアナゴの育成に適したものになっており、さらに、同海域では底引き網で漁が行われているため、海底が常に「耕されている」状態になり、アナゴに最適の住環境がもたらされる。その結果が、ウツボ並みの魚体の大きさにつながっているという。
![巨大なヒラマサをさばく栂野さん](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2023/05/b8144cbc89e01f947d47fc257bf30d78.jpg)
ちなみに、江戸前や瀬戸内のアナゴも、浜田と同じ真アナゴだ。豊かな海が、これほどまでにアナゴを成長させる。もちろんそれはアナゴに限らない。取材で訪れた際、渡辺鮮魚店では栂野さんが巨大なヒラマサと格闘中だった。豊かな海は、アナゴに限らず、多種多様な魚を成長させる。ただし、同じ魚種なので、おいしさは変わらない。
![アナゴざく](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2023/05/1b817f81dc3998312a2643486cc02dba.jpg)
実際に浜田の大アナゴを食べてみよう。JR山陰本線浜田駅前にある「ホテル松尾」で、渡辺鮮魚店選りすぐりの大アナゴを使い、特別にアナゴのフルコースをつくっていただいた。まずはアナゴざくから。きゅうりとうなぎを合わせた酢の物「うざく」のアナゴ版だ。身が肉厚なので、食感はうなぎに近い。しかし、アナゴなので脂が控えめで、酢の物らしいさっぱり感はうざくを凌駕する。
![アナゴの薄造り](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2023/05/364ee5bcadb8141e006142e113514532.jpg)
続いては薄造り。アナゴのお刺身だ。ポン酢に薬味を添えていただく。アナゴの刺身は初体験だ。フグ刺しのように薄くそがれてなお、しっかりした歯触りだ。火を通せばふわふわだが、生のままのアナゴの身は、コリコリ感さえ感じる。そして噛むと、口の中に味わいが広がってくる。これまでに経験したことがない感覚のお刺身だ。
![アナゴの白焼き](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2023/05/73c1104ecc65dbda79c99fc33ed07218.jpg)
白焼きは、薄造りと同じアナゴとは思えないくらいの食感のコントラストだ。火を入れることで、あのコリコリがここまで柔らかくなるとは……。とはいえ、煮穴子の食感とも違う。たとえて言えば「アルデンテ」だろうか。柔らかく歯が入るものの、噛み切る瞬間に歯に弾力を感じる。柚子胡椒の辛味がいいアクセントだ。
![煮アナゴの棒寿司](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2023/05/17cbd18833dac43b389882d293e09247.jpg)
そして煮アナゴの棒寿司。これぞ「THEアナゴの食感」。味を煮含めることで、シャリとの相性が高くなる。握りではなく、簀の子で巻いて軽く締めることで、シャリとのマリアージュがさらに高まっていると感じた。
![アナゴの天ぷら](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2023/05/e090463705bc094d0b6dea08d2b1247b.jpg)
天ぷら。煮アナゴと並ぶアナゴの調理法の王道だ。白焼きとは違い、衣を付けて揚げることで、蒸したような食感になる。最もふんわり感が味わえた。藻塩を使えば衣のサクサク感が楽しめ、天つゆを使えば、中ふんわり外しんなりでアナゴ天が味わえる。
![アナゴの湯引き](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2023/05/e370c51038ca8ca651516694191facd4.jpg)
驚かされたのが湯引きだ。熱が入ることで身はふんわりするのだが、一方で皮がぎゅっと引き締まる。ハモの湯引きの食感だ。もちろん、身のふわふわはアナゴが勝る。これを酢味噌でいただく。酒が進むひと品だ。
![アナゴの茶碗蒸し](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2023/05/765680c50fc70346be9bd4d4953acb5e.jpg)
続いては茶碗蒸し。終盤に来て、アナゴが脇役としての顔を見せた。主役は出しをたっぷり含んだ卵。脂控えめのアナゴは、しっかりと存在感を発揮しつつも、主役の引き立て役に徹している。実は浜田の大アナゴ、名脇役でもあったのだ。
![アナゴ鍋](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2023/05/c5f1dec845fcdd81366e4c96d6c0acfa.jpg)
最後は鍋。薄味だしで野菜や豆腐とともにアナゴを煮込む。この鍋はチームプレーだ。アナゴの存在感はしっかり感じるものの、野菜や豆腐と一緒に味わうことで「力を合わせた」味が形作られる。だしもしっかり飲み干してしまった。
![ふわふわのアナゴ天ぷら](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2023/05/5c242a629cf8659f76ea3ad2ec88adef.jpg)
食感も味わいも実に多彩な「顔」を持つ浜田の大アナゴ。アナゴづくしにもかかわらず、食べ飽きることはなく、最後の最後まで驚きさえ感じながら食べ終えた。天ぷらや煮アナゴなど、アナゴ本来の持ち味を見せる料理はもちろん、アナゴざくや湯引きなどウナギやハモにも互するおいしさが味わえたことは驚きだった。
![湯引きの皮の食感には驚かされた](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2023/05/0648d477018b13337748e9ef2e66860a.jpg)
ただし、今回は「渡辺鮮魚店」と「ホテル松尾」のタッグがあってこその特別料理、この「究極のアナゴづくし」はいつでも食べられるわけではない。本当に質のいいアナゴが揃ってこそ実現する「夢の競演」だ。
![フードコートのアナゴ丼](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2023/05/55be1ed3beef3f2298df182d045bf119.jpg)
普段は、浜田漁港に隣接し「渡辺鮮魚店」も店舗を構える「はまだお魚市場」内のフードコートで大アナゴが食べられる。その場で食べるもよし、買って帰るもよし。浜田を訪れた際には、せひ大アナゴを味わってみてほしい。