「蟹鳥県」の美味 「鳥取の松葉ガニ」

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冬の味覚・カニ。その水揚げは北海道を筆頭に日本海に面する地域に集中する。人口1人当たりの漁獲高でトップを誇るのは鳥取県だ。2014年には平井伸治県知事が「鳥取県を蟹取県に改名する」と宣言。以来毎年、漁が解禁される11月上旬から3月までの間、大々的なキャンペーンとともに鳥取のカニの魅力を全国に発信する。

生きた松葉ガニ

鳥取のカニと言えば松葉ガニだ。山陰地方では、成長した雄のズワイガニをそう呼ぶ。甲羅についたカニビルと呼ばれる黒い粒は、脱皮後、長い時間を経て十分に成長した証と言われる。ズワイガニの名前の由来は、足が細くまっすぐなことから木の枝を意味する楚(すわえ)に由来した「楚蟹(すわえがに)」が転じたものと言われている。諸説あるが、細長い足の形や足の肉が松葉のように見えることから松葉ガニと呼ばれるようになったという。ちなみに、福井県では「越前ガニ」、京都では「間人(たいざ)ガニ」と呼ばれている。

甲羅についたカニビル

松葉ガニと呼ばれるのは、成長した雄のみ。雌は雄と比較して小さく、山陰では「親がに」と呼ばれ、かに汁などによく使われる。また、脱皮して間もない甲羅が軟らかく水分量が多い雄は「若松葉ガニ」と呼ばれ、比較的手ごろな価格で食べられる。

脱皮したての「若松葉ガニ」

鳥取のカニの歴史は古く、1782年に岡山の津山藩への贈答品目録に登場するなど、江戸時代から食べられていたことが知られている。総務省が発表する家計調査によれば、鳥取市に住む2人以上の世帯のカニの購入金額は、2019~21年の3年間の平均で5291円と、都道府県庁所在市および政令指定都市の中で2位の福井市(3899円)を大きく引き離して全国1位となっている。岩美町の岩美中学校では、学校給食でカニが丸ごと1匹登場するほどの「蟹取県」ぶりだ。

境港で ずらり「かに」の幟が並ぶ

しかし、平成の初めの頃には、漁獲高が危機的なまでに減少した時期もあった。そこで県では、日本海沖にカニを養殖するための「牧場」づくりに乗り出す。県の沖合30~80キロの水深230メートルほどの海域に、コンクリートの魚礁を設置した。その広さは、1万1320ヘクタール、東京ドーム2340個分もの広さになる。

大きさや状態によって価格帯も違う

こうした恵まれた海で育った鳥取のカニは、活魚用の水槽を装備した大型底びき網漁船で捕獲される。漁獲後すぐに冷却海水に入れて水揚げするため、生きたままで非常に鮮度のいい状態で市場に出る。さらには、特に質の良い松葉ガニについては「特選とっとり松葉がに五輝星(いつきぼし)」としてブランド化する。その条件は、①甲幅13.5センチ以上、②1.2キロ以上、③足が全てそろっている、④鮮やかな色合い、⑤身が詰まっていること。

刺身でも茹でてもおいしい

実際に鳥取県の松葉ガニを味わってみよう。統計的に「蟹取県」の中で水揚げが多いのは岩美町の網代漁港だが、観光客向けの販売が充実しているのは境港だ。漁港近くには多くの販売店が軒を連ねる。家庭で食べるなら「足折れ」と呼ばれる一部足に欠損があるものが価格的にお手頃だ。見た目はともかく、味に変わりはない。

刺身はわさびじょうゆで

今回は茹でガニではなく、鮮度のいい生のカニが手に入った。まずは刺身にして食べてみる。茹でガニと違い身離れが悪いので、素人が剥くにはひと苦労だ。ひたすら殻を割り、身を冷水にさらす。冷水にさらすと、繊維が花のように開いてくる。これをわさびじょうゆでいただく。茹でガニにはないプリプリとした食感と独特の甘みが楽しめる。

茹でガニはカニ酢をつけて

茹でガニは身離れがいいので食べやすい。「カニフォーク」を使えば、簡単に身を殻から引き剥がせる。これをカニ酢につけていただく。これぞ「ザ・カニ」の食感だ。カニ酢を使わずに食べてもじゅうぶんに味がある。刺身ほどではないが、ふんわりとした甘みが味わえる。

カニ鍋

個人的に最も美味しく味わえたのはカニ鍋だった。肩肉の部分を包丁で切り、鍋でだしを取る。適宜野菜を加えて煮込み、ここに生のカニを入れ、火が通ったか通らないかのタイミングでいただく。食感は刺身と茹でガニの中間。ほろほろと絶妙だ。何よりカニの甘さが一段と引き立つ。

焼きガニ

焼きガニも適度に火を通して食べるのに適している。殻ごと直接火にかけると、殻が焼け焦げ、独特の香ばしさも加わる。

生のかにみそ

カニのもうひとつ魅力はみそだ。まずは生で食べてみよう。身以上にぷりぷりだ。スプーンですくおうとしたがうまくすくえない。箸てつまんだ方が楽だ。わさびじょうゆでいただく。つるんと口に入る。濃厚な味わいだ。

茹でガニのみそ

茹でガニのみそはスプーンですくって食べると、濃厚な味わいとともに柔らかな甘みが味わえる。

日本酒を注いで炙り甲羅酒に

もっとも魅力的なのは、日本酒を入れた甲羅酒だ。甲羅に張り付いた、食べきれなかったみそを熱燗にした日本酒で溶いていただくのだが、ぜいたくにも生のみそをそのままに、甲羅に日本酒を注いで炙ってみた。熱燗が進むのはもちろんだが、みその甘みがさらに引き立つ。

山陰線鳥取駅の名物駅弁

「蟹取県」の鳥取駅、名物駅弁はもちろんカニだ。「アベ鳥取堂」の元祖かに寿しは昭和27年に誕生、約半世紀以上にもわたって愛され続けてきた。カニの身をふんだんに使ったちらし寿司で、昭和33年からはカニの保存技術が開発され、旬以外でも1年を通じて、さらには全国での販売も可能になった。カニの甲羅に似せた八角形の容器もまた名物になった。

酢飯の上いっぱいの錦糸卵とカニの身

主役のカニは新鮮なうちにボイルし、身を1本ずつ手作業で丁寧に取り出し、酸味を効かせて味付ける。ご飯も地元産にこだわる。業務用ながら手間のかかる丸釜を使って炊き上げ、これまた地元産の酢を数種類ブレンド、独特の甘酸っぱい酢を使って酢飯にする。錦糸卵も地元産の卵にこだわる。

強い酸味で箸が進む

弁当の蓋を開くと、酢飯の上いっぱいに錦糸卵とカニの身が広がる。カニ赤と卵の黄色がいいコントラストだ。割り箸を使って口に運ぶと、けっこう酸味が強い。しかし、この酸味がカニのおいしさを引き立てる。そしてまた、この酸味の強さが下戸なら酔っ払ってしまいそうなほどの奈良漬けと塩昆布によくマッチするのだ。もっと上品な味を予想していたのだが、思わず掻き込みたくなる味の強さだった。

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