中華料理をルーツとしながらも、日本独自の発展を遂げ、今や中国に逆上陸するまでになった日本のラーメン。同様に日本で進化を遂げ、中国はもちろんタイや北米にまで進出したのがちゃんぽんだ。
スープや具、麺を別々に調理することが多いラーメンに対し、ちゃんぽんはそれらをひとつの鍋で調理する。煙が上がるほど熱した鉄鍋で、具を炒め、丸鶏と豚骨、鶏骨を煮出したスープを加える。そこに、ちゃんぽん麺と呼ばれる太い麺を入れ、しっかり煮て調理するのがちゃんぽんだ。ご当地ちゃんぽんの回や秋田チャンポンの回でも紹介したが、全国各地に、地元ならではの食材、調理法による「ご当地ちゃんぽん」が点在するが、ご存じの通り、その発祥は長崎だ。
長崎ちゃんぽんは、1899(明治32)年、中国福建省出身の陳平順氏が当時の唐人屋敷の前に開店した「四海楼」で誕生する。1892(明治25)年に来日し、苦労の末に店を構えた陳氏は、中国からやってきた留学生たちの身元引受人を買って出る。その際、厳しい暮らしの中で、食べ盛りの留学生たちの空腹を満たすために編み出したのが「支那饂飩(しなうどん)」だった。
ルーツになったのは、福建料理の「湯肉絲麺(とんにいしいめん)」。豚肉やシイタケ、タケノコ、ネギなどを入れたあっさりスープの麺料理だ。これを食べ盛りの若者向けに濃い目のスープでボリューム満点にアレンジした。具は、安くて手に入りやすいカマボコ、チクワ、イカ、小ガキ、小エビといった長崎近海の海産物に、モヤシやキャベツもたっぷりと入れる。麺は、多くの中華麺が炭酸カリウムを原料とするかん水を使うのに対し、福建省流の炭酸ナトリウムの唐灰汁(とうあく)を小麦粉に入れて打った。これが独自のコシと風味を生み出す。
福建語で「飯食ってるかい?」を意味し、やがて日常のあいさつに転じた言葉に「吃飯」がある。シャポンあるいはセッポンと発音する。このあいさつがなまり、「支那饂飩(しなうどん)」はちゃんぽんと呼ばれるようになったという。その後、ちゃんぽんは長崎じゅうに広まり、長崎を代表する料理になった。
浦上天主堂の手前に位置する現在の「四海楼」は、見上げるほどの巨大なビルで、長崎の観光名所にもなっている。1階はちゃんぽん関連製品をはじめとする土産物店、2階にはちゃんぽんの歴史を展示する「ちゃんぽんミュージアム」もある。
早速上階に上がり、元祖店のちゃんぽんを味わおう。3階のテーブル席は、常に行列が絶えないが、意外に回転は速く、長々とは待たされない。「四海楼」のちゃんぽんは、提供される直前に、錦糸卵がトッピングされる。白濁ながらスープはあっさり目。老舗らしく、深い味わいが特徴だ。麺は歯ごたえと言うよりもちもち感が特徴。たっぷりの具も相まって、満足感は高い。
ここ「四海楼」で誕生したちゃんぽんは、次第に近隣へ、そして長崎市外へと広がっていく。そして、行き着いた先で手に入りやすい食材を使い、さらにはその土地の人々の暮らしぶりに合わせて少しずつ姿を変えていく。現在、発祥の地・長崎市に次ぐちゃんぽんの聖地と言われているのが、島原半島・雲仙市の小浜温泉だ。
小浜ちゃんぽんを全国に知らしめたのは、雲仙市役所職員でもある林田真明さん。小浜近海でとれたシバエビを殻付きのまま入れる地元のちゃんぽんに着目、ちゃんぽんを核にしたまちおこし活動を始め、小浜ちゃんぽん愛好会を立ち上げる。その経緯は、NHK長崎放送局で「私の父はチャンポンマン」としてドラマ化された。さらに、TBS系「マツコの知らない世界」にちゃんぽん番長として登場、マツコ・デラックスとの軽妙なやりとりも話題になった。
そんな小浜ちゃんぽんの地元人気店が「食楽大盛」。店名通りボリュームが魅力のお店だ。今回は宴会のシメとして、一緒盛りのちゃんぽんをいただいた。とりわけボリューム満点だ。
「四海楼」では錦糸卵だったが、「食楽大盛」では、ちゃんぽんに生卵をトッピングする。ちゃんぽんの真ん中にどんと卵の黄身が鎮座すると、ボリューム感がさらに増す。とはいえ、量だけではない。豚のゲンコツと鶏ガラを合わせたというスープは、けっこう濃厚。味わい深い。パンチのあるスープだ。たっぷりの具も迫力満点だ。何より殻付きエビの香ばしさが引き立つ。
小浜ちゃんぽん愛好会は、林田番長の活躍に加え、ご当地グルメでまちおこしの祭典「B-1グランプリ」でも小浜ちゃんぽんを旗印に、小浜温泉、雲仙市の魅力を発信する。さらには、全国のご当地ちゃんぽんを束ねて全国ご当地ちゃんぽん連絡協議会を結成、ご当地ちゃんぽんの魅力を発信するイベント「ワールド・チャンポン・クラシック(WCC)」も定期的に開催する。コロナ収束後には早速、WCC関連のイベントの開催も予定されているという。
そんなWCCで長崎、小浜と並んで長崎県のご当地ちゃんぽんとして人気を集めているのが平戸ちゃんぽんだ。南の小浜とは逆に、長崎から北上して平戸に至ったちゃんぽんは、同じく地元に受け入れられ、さらには地元の暮らしぶりに合わせて変容する。
平戸ちゃんぽんの特徴は、あごだし。長崎も小浜も鶏と豚骨がベースのスープだが、ここにあご=トビウオが加わる。あごだしが多い九州の中でも、五島うどんなど長崎は特にあごだしが美味しいところ。長崎や小浜とはひと味違ったちゃんぽんが味わえる。
「リンガーハット」の全国展開で、今では全国各地で食べられるようになった長崎県のちゃんぽんだが、地元には地元にしかない魅力がある。やはり、現地で味わってみることをおすすめしたい。さらに言えば、ちゃんぽんとコンビを組む皿うどんに至っては、本場・長崎では全国的に食べられている皿うどんとは違うものが食べられている。次回は、その長崎の皿うどんについて紹介したい。