瀬戸内海から日本海にまで至る兵庫県のほぼ中央、山に囲まれ、加古川、杉原川、野間川と3本の川が集まる西脇市。豊かな水は、古くから同地に染色を根付かせた。江戸時代中期に京都・西陣から織物の技術が持ち込まれ、その先染織物は「播州織」として、200年を超える歴史を誇る。特に昭和30年代には、織物工場で働くため、西日本各地から、多くの若い女性労働者が集団就職で西脇にやってきた。そんな働く女性たちに愛され続けてきたのが、西脇のご当地グルメ、播州ラーメンだ。
ゴム産業のまち・久留米で誕生した豚骨ラーメンはじめ、工業都市の「労働者メシ」にはこってり、ハイカロリーなものが多い。しかし、西脇の工場で働く人々は、若い女性が中心だった。故に、肉体労働のまちとはひと味違ったご当地グルメとなった。
油を使う中華料理にルーツを持つラーメンとはいえ、その味は実にシンプル、あっさりだ。東京ラーメンにも通じる、鶏ガラやとんこつ、野菜などを煮込み、しょうゆ味をベースにしたスープに、細めの縮れ麺が浸る。具もチャーシュー、刻みネギ、モヤシ、のりとシンプルだ。
最大の特徴は、スープの甘さ。もちろん、シンプルなラーメンなので、スイーツのように甘いわけではない。地元では甘さを最大の特徴としているが、ほんのり甘い程度だ。ハンバーガーチェーンのてりやきソースに比べれば、はるかに穏やかな甘さだ。鉱山労働者や火に直面する製鉄、瓦やレンガ焼きといった、汗をしたたらせながらの労働でもないので、塩味も穏やかだ。シンプルなしょうゆラーメンを好む関東の人間にも抵抗なく受け入れられる味わいだ。
まずは、播州ラーメンの元祖といわれ、地元の人気店という「西脇大橋ラーメン」を訪ねた。昭和30年代、西脇大橋のたもとで創業した老舗。1991年に現在地に移転した。訪ねたのは昼時前、開店の直後だったが、食べ終えて店を出る頃には、すでに多くの客が店前で席が空くのを待っていた。
スープは、豚と鶏ガラに数種類の野菜、さらに秘伝の材料を加え、じっくりと味わいを引き出したもの。50年にわたり同じ醸造元のしょうゆを使い、味を調える。穏やかな甘さとコクのシンプルながらも深い味わいだ。麺は中太の縮れ麺。
メニューは実にシンプル。特製ラーメンと呼ばれるデフォルトの播州ラーメン、そして麺が2玉入ったジャンボラーメンのみで、あとはご飯、ビールやウーロン茶、ジュースといった飲み物のみ。いかにも老舗といった感じのメニュー構成だ。
具もシンプルだ。少量のモヤシと刻みネギ、そしてのり。メンマはのらない。チャーシューはロースとバラが1枚ずつだった。麺の量も控えめで、やはり「可憐な働く乙女」の食事と言ったところだ。
播州ラーメン認定店の中では、北に大きく離れた多可町にあるのが「畑やんラーメン」。創業は、1957年と「西脇大橋ラーメン」と肩を並べる老舗だ。加古川の支流のひとつ、杉原川の堤防沿いにぽつんと位置する。
「西脇大橋ラーメン」とは対照的に、メニューは豊富で、播州ラーメンの基本・しょうゆ味の他、みそに塩、とんこつラーメンまである。「播州ラーメンを食べに来たのですが、どれを食べたらいいですか?」と問うと、やはりしょうゆを勧められた。
スープは、化学調味料を一切使わず、鶏ガラととんこつに野菜、さらには牛テールやホタテ、トビウオなどを加え煮込んだというコクとうまみが特徴。個人的な感想だが、「西脇大橋ラーメン」よりやや甘みが立っていた。とはいえ、やさしい甘さに変わりはない。
具の基本構成は、「西脇大橋ラーメン」と同じだ。ただし、チャーシューは、2枚とも脂控えめのバラだった。やきめし付きのセットメニューはボリューム満点で、人気が高いとういう。
西脇市に戻って、もう1軒だけ味をチェックしておこう。訪れたのは、ユニクロやマクドナルドが並ぶ通りに面した「播州ラーメンひすい」。市内にある別の播州ラーメン店で修行した店主が、2019年秋に開業したという、新顔のお店だ。
スープのこだわりは、和風だしと鶏ガラ。独自にブレンドしたというしょうゆで味を調える。ややしっかりめの味付けた。
具の基本構成は、やはり前2店と同じだ。チャーシューにモヤシ、のり、刻みネギというのが播州ラーメンの基本と言えそうだ。チャーシューは、脂身が少ないロース2枚だった。新興店らしく、駐車場も広い。また、ライスやどんぶりものとのセットメニューも豊富に用意されていた。
ひとまず3店を食べ比べたが、シンプルでやや甘め、ボリューム控えめというのが共通していた。織物工場で働く女性工員のためのラーメンというルーツが、見事に映されたご当地グルメだった。