岡山県は、全国でも有数の鶏卵生産が盛んな県だ。農林水産省が公表する令和2年鶏卵流通統計調査によれば、岡山県の鶏卵生産量は、茨城、鹿児島、千葉、広島各県に次ぐ全国5位だ。広島県福山市も鶏卵の生産が盛んな地域で、県境を越えて接する笠岡市や井原市は古くから養鶏の盛んな地域として知られている。そんな笠岡のご当地グルメが、鶏をふんだんに使った笠岡ラーメンだ。
![笠岡ラーメンのデファクトスタンダード](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2022/03/caaf601a620c98f65782f43ce2cf1ca7.jpg)
鶏ガラをだしに使ったしょうゆ味のスープに加え、一般のラーメンが豚肉のチャーシューをトッピングするのに対し、笠岡では鶏肉のチャーシュー(煮鶏)が使われる。日本には古来から、役目を終えた使役動物を「ありがたくいただく」という文化があり、笠岡ラーメンに使われるのも、食肉用のブロイラーではなく、卵を産まなくなった、いわゆる廃鶏・親鶏だ。うまみが強い半面、若鶏に比べ肉質が非常に硬いのが特徴だ。
![笠岡ラーメンの老舗「坂本」](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2022/03/031cd656c164f882c21010779b4e6589.jpg)
廃鶏を使ったラーメンは、戦前からあったそうだ。そんな笠岡ラーメンの中でも最古参といわれているのが、1958年創業の「坂本」。県道・笠岡井原線がJR山陽線の線路をまたぐ跨線橋のたもとに位置する。店舗は非常にコンパクトで、笠岡ラーメンを代表する名店と知らなければ、通り過ぎてしまいそうな小店だ。
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笠岡ラーメンを語るには、まず「坂本」を食べるべしといわれる、笠岡ラーメンのデファクトスタンダードとなる味だ。スープは、コクと甘みが特徴の鶏ガラスープ。そこに長年継ぎ足しで作るというしょうゆだれを合わせる。一見して真っ黒なスープだが、しっかりとしょうゆ味を主張するものの、見た目ほどに味は濃くない。麺はストレート。ちょっと歯ごたえがある。ストレート麺は縮れ麺に比べスープが絡みにくいと言われるが、麺をすすると、思った以上にスープの味を感じる。
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具は、笠岡ラーメンならではの鶏チャーシューと斜め切りされた青ネギ、メンマ。鶏チャーシューは、スープ同様かなり黒っぽい。かじると廃鶏特有の強い歯ごたえだ。噛みしめながら味わう。噛めば噛むほど口の中にうまみが広がるのが、廃鶏だ。麺のちょっと硬めの歯ごたえは、この鶏チャーシューに合わせたものだろうか。
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ユニークなのが、ラーメン代の支払い方法。カウンターには「勝手に精算機」との張り紙があり、その前には3つのカゴが。一番左のカゴには1000円札、中央は500円玉、右には100円玉と50円玉が入っている。「精算機」とあるが、実は手動で食べた代金を支払うシステムだ。コロナウイルス感染対策かと思いきや、実はもう何年も前に訪れた際も、同様の支払い方法だった。
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「中華そば いではら」は「坂本」から徒歩1分。同じ県道・笠岡井原線の向かい側に店を構える。昼時、「坂本」にはすぐに入れたが「中華そば いではら」の前には長い行列がてきていた。
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よそ者には、一見では「坂本」との区別がつかないほど、笠岡ラーメンの典型的なビジュアルだ。店の歴史をたどると「坂本」につながるというのだから、見た目が似ているのは当然といえば当然だろう。特徴は、店主のこだわり。食材を厳選し、化学調味料を一切使わず鶏のうまみをスープに凝縮したという。鶏チャーシューも味がよく染みている。
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今回、現地を訪れるに際して、ネットであれこれ笠岡ラーメンの情報を探った。最近では鶏ガラのみならず魚介系スープと合わせたダブルスープや煮鶏以外のトッピングの店など、そのバリエーションは広がっているようだ。そんな中、伝統的な笠岡ラーメンの構成要素を堅持しつつ、驚くほどビジュアル系の笠岡ラーメンの情報に出くわした。「笠北」というお店だ。
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しょうゆ黒いスープ、ストレート麺、煮鶏の鶏チャーシュー、メンマ、斜め切りした青ネギと笠岡ラーメンの基本をしっかり押さえつつ、そのすべてが整然と、非常に美しく、まるで芸術品のように盛り付けられているのだ。よく調べてみると、笠岡の北、井原市にある店だった。冒頭に紹介したように、笠岡市も井原市も養鶏が盛んな福山経済圏の一角を成すまちだ。食文化も共通するのだろう。とはいえ、いずれも福山経済圏を構成するだけに鉄道はどちらも福山に向かうのが基本ルート。笠岡と井原を直接結ぶ鉄道はなかった。クルマを飛ばして井原に向かう。
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お店は井原市役所のすぐそばだった。開店と同時に入店したが、地元では人気店のようで、10時と早めのオープンにもかかわらず、続々と客が訪れる。メニューは並盛りと大盛りのラーメンのみ。単一メニューなので、注文してすぐに出てくる。見た目の美しさに見とれながらもスープをすすって驚いた。圧倒的においしいのだ。見た目よりも明らかに脂が濃い。味に深みがある。好みは分かれるかもしれないが、笠岡に比べて脂のうまみが勝っている。単なるビジュアル系、美形じゃない。中身も、味も兼ね備えた美系だ。
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整然と並べられた鶏チャーシューもやはり味に深みがある。帰り際、旅先にもかかわらず、ビニール袋に入った持ち帰り用の鶏チャーシューを思わず買い込んでしまったほどだ。ちなみに、支払い方法は「坂本」同様の「勝手に支払機」だった。
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全国的にも知られるようになった笠岡ラーメンだが、まさか隣まちで新たな発見をするとは思わなかった。もちろんまずはスタンダードを味わうべきだが、交通の便が悪いとはいえ、食べ歩きの際には、ぜひ隣まちの井原にも足を伸ばしてほしい。