海にも山にも富む日本列島。その気候はバリエーション豊かだ。気温も、北に行くほど涼しいというわけではない。北海道でも夏には40度近い気温を記録することもあるし、特に盆地は厳しい暑さになる。庄内以外の村山・最上・置賜の各地域が内陸に位置する山形県は、夏の厳しい暑さで知られる。その暑さは、山形名物「冷やしシャンプー」を生み出したほど。そんな暑い夏の山形を代表する味の一つが冷たいラーメンだ。
夏のラーメンといえば、まず冷やし中華が思い浮かぶだろう。しかし、山形では汁ごと冷たくした冷たいラーメン、冷やしラーメンが一般的だ。そして冷やしラーメンといえば、山形県民の多くが思い浮かべるのは、山形市街地中心部に位置する「栄屋本店」の「冷しらーめん」だ。
冷しらーめんは、お客さんの「夏には冷たいそばを食べるんだから、ラーメンも冷たいのが食べてみたい」の一言をヒントに誕生したという。約1年の歳月をかけ、冷たいスープでも脂がかたまらないように改良された。今では、暑い夏はもちろん、冬場でもその味を求めるファンが絶えないほど「栄屋本店」の看板メニューになっている。
「栄屋本店」の冷しらーめんのスープは、コンソメのようなやさしい味わいがほんのりと口の中に広がる。だしは牛骨だ。牛骨ラーメンといえば、山口県下松や米子など鳥取県中西部が有名だが、どちらも韓国風冷麺のような味わい。こちらの冷しらーめんは、牛骨といわれなければ気づかないほど、やさしい、味わい深いスープだ。
麺は「角がある太麺」。それを水で締めてあるので、エッジが効いた独特の歯触りになる。肉もチャーシューではなく牛だ。豚肉が当たり前の東日本で、山形・村山地方は「肉と言えば牛」の土地柄。牛骨のスープと合わせ、いかにも「山形の味」と感じる。
山形と同じ村山地方に位置する河北町は、冷たい肉そばで知られる。冬でも、鶏からだしを取ったうまみの強いスープで、親鳥の肉を具にそばを食べる。そばどころの山形では、そば屋は食堂でもあり、酒を飲む場所でもあった。そこで、そばの具をつまみに酒を飲み、最後のシメでそばをすすった。温かい汁では麺がのびてしまうため、冬でも冷たい汁になったという。
地元では、冷たい肉そばと並んで、麺がそばではなく中華麺になった冷たい肉中華も人気が高い。鶏だしのスープは、地元以外の人には、そばよりも中華麺の方がしっくりくるかもしれない。食べた印象は、冷たいラーメンそのものだ。
東京などでは、冷たいラーメンといえば、汁麺よりも冷やし中華が一般的だが、山形県内で何軒かラーメン店を訪ねたが、よそ者の目では、やはり「冷やしラーメン」のメニューが目に付く。そんな中で出合ったのが「ぬるめ中華そば」だ。
山形市内で、地元ファンから牛骨ラーメンの名店と位置付けられている「八幡屋」にそのメニューはある。実際に訪れて普通の中華そばと食べ比べてみた。
食べてみると、まさしく料理名通りの味だった。スープも麺も熱々ではない、かといって冷しラーメンのように氷で冷やしたほどの冷たさではない。そして「ぬるい」わけでもない。実に微妙な「ぬるめ」なのだ。熱々ではないからおいしくないのかというと、それもまた違う。微妙なぬるさが、実においしいのだ。きっと子供なら、熱々の中華そばよりぬるめ中華をおいしいと言うに違いない。
海に面した庄内では、村山地方とは一味違ったラーメンも多い。そんな庄内でも、夏はやはり冷たいスープのラーメンが好まれる。「満月」は庄内・酒田のラーメン屋を代表する1店。看板メニューはワンタンメンだ。
夏になると、やはり「冷しワンタンメン」が限定メニューで登場する。「満月」のワンタンメンは、海に面した庄内らしく、煮干しと昆布、そしてトビウオを使っただしが特徴だが、「冷しワンタンメン」はトビウオは使わない。逆に、冷たいスープにはごま油が加えられる。魚介系のすっきりしただしは、冷やしてしまうと味のパンチ力に欠けてしまうのだろうか。そこに、冷やし中華でもおなじみのごま油が加わると、がぜんスープが力強くなる。
庄内の冷やしワンタンメンは、村山・寒河江にあるワンタンメンの人気店「福家そばや」でも食べられる。村山地方の中で、山形で牛、河北で鶏、寒河江で魚介と、冷たいラーメンを食べ比べてみるのも面白いだろう。
河北町のNPO法人、かほく冷たい肉そば研究会がB-1グランプリに出展するなど、近年は、山形の冷たいラーメンは広く知られるようになった。東京都心でも神田界隈を中心に、冷たい肉中華や冷やしラーメンを提供する店も増えている。まだ食べたことがないという人は、ぜひ一度味わってみてほしい。できれば、山形を訪れて。