天然アサリ復活 船橋の漁業

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京都の朝廷へ食材を献上した地域は「御食国(みけつくに)」と呼ばれ、伊勢志摩や淡路島、若狭小浜など現在も食べ物のおいしい地域として知られている。一方で、同様に各地でお殿様に食材を献上した地域は「御菜浦(おさいのうら)」と呼ばれ、千葉県の船橋も、江戸時代に徳川幕府へ食材を献上する「御菜浦」のひとつだった。

船橋の天然アサリを酒蒸しに
船橋の天然アサリを酒蒸しに

東京湾はかつて、利根川をはじめ荒川など多くの大河が海へとたどり着き、多くの川の恵みが注ぎ入る豊かな漁場だった。特に、東京湾の最も北に位置する三番瀬(さんばんぜ)と呼ばれる地域は、現在の浦安市から習志野市にかけて広がっていた。西側の行徳(市川市)は塩田の村として知られ、東の船橋は、やはり遠浅の砂地を生かした貝漁や海苔の養殖が盛んだった。

ホンビノスはおすましに
ホンビノスはおすましに

江戸時代に治水対策から利根川の流路が銚子へと変更になり、その後、近代化とともに三番瀬はその姿を変え、特に1960年代以降は埋め立てが進み、すっかりかつての姿を失ってしまった。現在の「ららぽーと」は1977年までは「船橋ヘルスセンター」という海を臨む巨大なレジャーランドだった。1963年生まれの筆者にも、幼少期、市内で潮干狩りをした記憶がある。

「ららぽーと」に隣接する船橋漁港
「ららぽーと」に隣接する船橋漁港

埋め立てとともに船橋の漁業が廃れてしまったのかというと、決してそうではない。実はスズキの水揚げでは、現在でも国内トップを誇る。海老川の河口を挟み、ららぽーとのすぐ西隣が船橋漁港だ。ちなみに「船橋」の地名の由来は、この海老川に船を並べて橋の代わりとしたことに由来する。

船橋・三番瀬産の海苔
船橋・三番瀬産の海苔

脈々と受け継がれてきたのが海苔だ。船橋の海苔は、香りが強く、甘みと味わいが深く、食感も良いといわれる。他の地域にはない自然の原藻を厳選し、「竹ひび式」という、沖合に支柱柵を立てて綱を張り、そこに海苔の種をつけていく手法で養殖する。潮が引いた際には海苔が海面から出て日光に十分にあたり、潮が満ちた時には海苔は存分に海の養分を吸うことができる。

アサリは本来砂地に生息する
アサリは本来砂地に生息する

一方で廃れてしまったのがアサリだ。埋め立て地には工場が建てられ、臨海工業最大のメリットである海運を生かすために遠浅の海のしゅんせつも進んだ。このしゅんせつで、アサリの生息地である砂が流出してしまい、青潮の発生が追い打ちをかけた。

船橋産のホンビノス
船橋産のホンビノス

現在の船橋の貝漁の中心になっているのがホンビノスだ。ホンビノスは北米産の外来種で、船橋で発見されたのは20年ほど前。北米からの貨物船に付着してきた、輸入業者が売れ残りを海に放流したなど諸説あるが、そのルーツは定かではない。味が良く、青潮の影響も受けないことからアサリに代わる主力の海産物となった。アサリなどの在来種とは生息域が異なり、湾内ですみ分けが出来ていることも、商品化が進んだ背景にある。

地元各店がクラムチャウダーのおいしさを競う
地元各店がクラムチャウダーのおいしさを競う

今では、船橋の新名物とさえ呼ばれ、漁港内で近隣の飲食店が船橋産ホンビノスを使ったクラムチャウダーのおいしさを競うイベントを開催するまでになった。

復活した「船橋三番瀬砕石アサリ」
復活した「船橋三番瀬砕石アサリ」

そんなこの初夏、船橋の漁業界が朗報に湧いた。海底の生育環境を整える試験事業の結果、天然のアサリが戻り始め、資源回復への期待が高まっているのだ。船橋市漁協が国の事業を活用、漁場の一部に細かくした砕石をまいて海底を覆う試験に取り組んだ。砕石は成長したアサリと同じかやや大きめのサイズで、波によって流されず、アサリにもすみ心地が良いという。4年にわたる試験の末、海を漂ってたどり着いた幼生の貝がこの砕石にとどまり、自然繁殖し始めたという。

調理したアサリの中には砂ではなく砕石のかけらが
調理したアサリの中には砂ではなく砕石のかけらが

今年からは、水揚げも可能になり、6月から毎週土曜日・日曜日に、漁港内にある水産物の直売所「三番瀬みなとや」で「船橋三番瀬砕石アサリ」として販売することになった。試験段階でもあり、まだまだ安定した販売ではないが、「船橋の味」がようやく復活しようとしている。

漁港内にある水産物の直売所「三番瀬みなとや」
漁港内にある水産物の直売所「三番瀬みなとや」

東京至近なだけに、幼少時に船橋や隣の谷津海岸で潮干狩りをした記憶のある人も多いのではないだろうか。近くを訪れた際には、ぜひ味わってみてほしい。

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