神奈川・横須賀や東京・神保町、さらには鳥取など、カレー店が集積したまちは全国に点在する。横須賀なら海軍カレー、神保町なら欧風カレーなど、カレーそのものにも特徴があったりもする。そんな全国の「ご当地カレー」の中でも、21世紀に入ってから急に頭角を現したものがある。札幌のスープカレーだ。

そもそも日本風のもっちりとしたカレーは海軍にルーツがあると言われ、さらっとしたインドカレーとは一線を画した味わいだ。札幌のスープカレーは、その名の通り、日本風ではなく、インド風に近いさらっとしたスープが、まさにスープよろしくたっぷりと入り、具も日本風ともインド風とも違い、かなり大きなものが入るといった特徴がある。

この特徴的なカレーを編み出したのは、札幌にある「薬膳カリィ本舗アジャンタ総本家」の創業者である辰尻宗男氏。1971年に自分と父親の健康のためにと、薬膳カリィを創作する。たまたま店で薬膳カリィを食べていた辰尻さんに、常連客が興味を抱き、常連客に限って、その日の体調を考慮しながら調合した薬膳カリィを提供したいたという。しかも、当初は具が入っていないまさにスープだった。

辰尻さんはインドへ数十回訪れたものの、インドカレー自体はあまりおいしいとは思わなかったという。しかし、ニューデリーで知り合ったシェフが「インドカレーはとても体に良い」と力説していたのが印象強く、スパイスと漢方の融合というアイデアが生まれたという。交流のあった札幌の漢方薬店で漢方薬の基本を伝授してもらい、試行錯誤の末に現在の薬膳スープカレーの原型が完成した。

その後、インドや中国、東南アジアを回り、漢方の知識を深めていく。と同時に、レシピも変化していく。当初はだしがらで、スープにする前に捨てていたというチキンレッグも「捨てるくらいなら、食べさせてくれ」という客の声を受け入れて、具として添えるようになった。しかし、その料理名は、現在もなお「薬膳カリィ」あるいは「かりぃ」で「スープカレー」ではない。

スープカレーの名を生み出し、その人気を高めたのは「マジックスパイス」だ。大ぶりな具、たっぷりでさらさらのスープと、「薬膳カリィ」とほぼ同じスタイルだが、「マジックスパイス」では、「インドカレーや洋風カレーとは一線を画する新しい」インドネシアカレーだとしている。世にスープカレーの名前とその美味しさを広めたのが、「マジックスパイス」というわけだ。

実際に、札幌でスープカレーを食べてみよう。まずは「始祖」に敬意を表して「薬膳カリィ本舗アジャンタ総本家」から。札幌駅、大通、すすきのといった都心部から北東の東区のベッドタウンに店はある。最寄り駅は地下鉄東豊線の元町駅だが、駅から歩くと10分以上はかかる。看板には店名の「アジャンタ」をメインに「薬膳カリィ本舗」も目だつように掲げられている。そして店頭の看板横には「元祖スープカレー」の文字も見える。店内は、インドを強く意識させる内装だ。

注文方法はシンプルだ。具材ごとにかりぃを選び、オプションはスープ増量、ご飯増量が選択できる。トッピングはらっきょうやチーズなど、かりぃに添える感じの選択だ。辛さは「中辛程度でお出ししてますが大丈夫ですか?」と問うのみで、よくある、中辛や大辛といった選択肢はなかった。

注文したのは、人気ナンバーワンというとりかりぃだ。大きな骨付きチキンが2本が入っている。野菜は半切りにしたピーマンと大きなままのニンジン。ニンジンは柔らかく茹でられていたが、素材本来の味を生かした感じで、スープでは長時間煮込んでいないようだ。ニンジンの柔らかさと、パリッとしたピーマンの食感がいいコントラストだ。

骨付きの鶏もも肉はよく煮込まれていて非常に柔らかい。しかも、こちらもあまり強い味が施されていない。味の基本はスープなのだろう。そのスープは、中辛というが、かなり辛い。スパイシーで、食べ進むうちに額に汗がにじみ出てくる。その意味ではご飯が進む。スープは定食の汁物のような感覚だった。

続いてスープカレーの名の生みの親「マジックスパイス」を訪ねた。こちらは、中心市街地の南東、やはりベッドタウンにあった。最寄り駅は地下鉄東西線の南郷7丁目駅。夕食どきの訪問だったが、まずはその外観の派手さに驚かされた。色鮮やかな電飾が、夕闇に異彩を放っている。

注文方法はちょっと複雑だ。チキンやビーフ、ベジタブルといった基本形からポーク角煮、長いフランクフルトが入った「フランクながいカレー」なるメニューまである。カレーのスープはチキンとトマトから選べるが、基本はチキンだそうだ。その上で辛さを選ぶ。覚醒→瞑想→悶絶→涅槃→極楽→天空→虚空と辛さがアップしていく。今回は涅槃を選んだ。トッピングはチーズやらきのこやら、数え切れないほどの選択肢がある。基本形を確かめるべく、チキンでトッピングはチーズのみとした。

透明感があり、カレーというよりまさにスープだった。インドネシアのスパイスを多く使った鶏肉のスープ・ソトアヤムにヒントを得ているという。ライスはサフランライス。この日は骨付き肉が品切れということで、骨なしのチキンだった。「アジャンタ総本家」に比べやや歯ごたえがあった。野菜の使い方、スープの味も含めて、どちらかというとインドよりもタイに近い感覚のカレーだった。

他にも札幌には約200店ものスープカレー取扱店があるという。いずれもさらっとして量が多いスープ、そしてごろっと大きめの具が特徴だ。ラーメンやジンギスカンなど、札幌で食べておきたいご当地メニューは数多い。ぜひ、胃袋に余裕を作って、札幌を訪れた際にはスープカレーにもトライしてみてほしい。




