北東北のホルモン鍋、前回は鹿角ホルモン鍋をご紹介した。今回は、県境を越えて、岩手県内にあるホルモン鍋を紹介していこう。前回も述べたとおり、鹿角や、その北の小坂も、江戸時代は旧南部藩領だ。今回紹介する岩手県北部もまた旧南部藩領で、県境を跨ぐものの、文化的には共通点が多い。

まずは、現在は盛岡市の一部になっている、旧岩手郡玉山町のホルモン鍋をご紹介しよう。玉山村には、江戸時代から金や銀を産出した姫神鉱山(玉山鉱山)とやはり金や銀を産出した乙女石鉱山があった。前回も述べたとおり、鉱山のあるまちには、スタミナ食としてのホルモン鍋があることが多い。

玉山のホルモン鍋は現在「玉山支所前食堂」で食べることができる。ちょっとややこしいのだが、店名の「玉山支所」とは、藪川村、渋民村が合併してできた玉山村の前、旧玉山村の村役場のことで、現在は盛岡市玉山出張所となっている。その後に盛岡市に合併される新玉山村の役場、現在の盛岡市役所玉山分庁舎・玉山総合支所は渋民にある。つまりは鉱山など古い歴史を残す、渋民などと合併する前の旧玉山村の中心街の食堂なのだ。

かなりの山の中だが、「玉山支所前食堂」の前にはいつも驚くほどの大行列ができる。名物のホルモン鍋を求めて、多くの人が列をなす。店内は広いのだが、後で紹介するが、調理に時間がかかるため、客の回転が良くないのだ。行列は、覚悟して食べに行く必要がある。

行列を避ける地元の人は、食材をすべてビニール袋に入れてある持ち帰りで、自宅でホルモン鍋を楽しんでいる。その袋を見ると分かるのだが、鍋と言いつつ、非常に水分が少ない。袋入りの漬けだれのホルモンの上には、大量のキャベツと、やはりたっぷりの豆腐が積み重ねられている。

隣接する岩手郡岩手町などこの一帯は、キャベツの一大産地として知られる。群馬の高原キャベツが台頭する以前は、台湾にキャベツを輸出するなど、日本を代表するキャベツ産地だった。鉱山を由来とするホルモン食に、特産品のキャベツと、日本でも有数の消費量を誇る豆腐が入るのは、いかにも岩手らしい。

味の最大の特徴はにんにくだ。店の前で行列しているときから、強烈なにんにく臭が漂ってくる。以前、このホルモン鍋を食べてすぐ、盛岡から新幹線に乗ったことがあったが、あまりのにんにく臭に身の置き場に困ったほどだ。

調理法も一風変わっている。無水鍋のようなスタイルなのだ。水分少なめの漬けだれのホルモンを鋳鉄の鍋に入れ、その上に大量キャベツをのせ、最後に豆腐をトッピングする。崩れ落ちるほど大量のキャベツで、鍋の具材に箸をつけるのは難しい。キャベツが崩落してしまうからだ。強火で加熱し、キャベツから水分が出てくるのを待つのだ。それまでは、触らない。

キャベツがしんなりしてきたら食べ頃だ。おたまで、ホルモン、キャベツ、豆腐を汁とともにすくって食べる。強烈なにんにくのうまみとともに、ほんのり辛さも入ってくる。とにかく絶妙のバランスなのだ。キャベツから出た水分なのだろう、結構甘みも感じる。山の中にぽつんとある食堂なので、車は必須。これでビールが飲めないのが、何より悔しい。人気のホルモン鍋は、売り切れ必至で、しかもラストオーダーは午後3時だ。とはいえ、ご飯にもよく合う味なので、昼にご飯で食べでも不満はない。

隣町の岩手郡岩手町にも旧式の金鉱山跡が点在している。中には、昭和30年代まで創業していた鉱山もあるようだが、詳細はよく分からない。そんな岩手町にもホルモン鍋がある。岩手ホルモン鍋だ。岩手ホルモン鍋は、元々は八幡平市の松尾鉱山で食べられていたものだ。岩手町の中心地である沼宮内は、奥州街道の宿場町で、久慈など沿岸部に向かう街道の起点という交通の要衝で、かつては盛岡に次ぐ人口を誇っていた。そのため、松尾鉱山から移り住む人も多く、戦後は町内に12店舗のホルモン鍋屋があったという。

ただし、現在飲食店で常時岩手ホルモン鍋を提供している店はない。沼宮内にある「肉のふがね」と「佐藤精肉店」がホルモン鍋用の味付けホルモンを販売している。どちらかの店でホルモンを購入、自宅で調理することになる。

今回は「肉のふがね」のホルモン鍋を作ってみた。同店のレシピは、かつて岩手川口にあった「すずらん」という店の味を継承したものだ。調理法は、キャベツ、ネギ、豆腐、こんにゃくを食べやすい大きさに切る。鍋に味付けホルモンを入れ、水500ミリリットルを入れ、強火で沸騰させる。最初にホルモンを煮込むことでやわらかくなり出しが出るので、沸騰してから弱火で10分ほど煮込むのがポイントだ。ラー油のようなオレンジ色の油が鍋のふちに出てきたら、一口大に切ったこんにゃくと豆腐を入れ、ひと煮立ちさせ、キャベツ、ネギなどの野菜を入れ、しんなりするまで煮込んだら完成だ。やはり、キャベツと豆腐がホルモンと並ぶ主役となる。

この他に、岩手県内には、以前紹介した岩泉炭鉱ホルモン鍋もある。耐火粘土や石炭の採掘で栄えた岩泉町の小川(こがわ)地区で生まれた鉱山食だ。鶏肉が入るのが特徴だが、やはりホルモン、キャベツ、豆腐の占めるウエートが高い。その意味でも、秋田・岩手の鉱山まちのホルモン鍋は、豚ホルモン、キャベツ、豆腐がキーワードと言えるだろう。