かつ丼は飲み物 岐阜・東濃のかつ丼

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かつ丼は不思議な食べものだ。東京に住んでいると、食堂であろうがそば屋であろうが「かつ丼ください」と注文すると、とんかつを卵とじにしてどんぶり飯にのせたものが、当然のように配膳される。しかし、福井や福島・会津若松、長野・駒ヶ根などでは「かつ丼ください」で出てくるのはソースかつ丼だ。実はかつ丼には、明確な地域差が存在する。そんな「ご当地かつ丼」の中でもとりわけユニークなのが、岐阜県東濃地方のかつ丼だ。

東濃ならではの個性的なかつ丼

東濃は岐阜県の南東部に位置する。南は愛知県、東は長野県に接しており、多治見市、土岐市、瑞浪市、恵那市、中津川市の5つの市で構成される。JR中央線、中央高速自動車道で名古屋市中心部までほぼ直線でつながっており、通勤通学の便と自然豊かな暮らしやすさをともに備える地域として知られている。

JR中央線土岐市駅

この一帯では、土岐市はてりかつ丼、瑞浪市はあんかけかつ丼、そして中津川市はしょうゆかつ丼と、結構限られた地域で「デフォルトのかつ丼」がめまぐるしく変わる。その背景にあるのが、この地の一大産業である製陶業だという。愛知県瀬戸市から、多治見市、土岐市、瑞浪市へと続くこのルートは瀬戸焼から美濃焼へ、日本を代表する焼き物の一大産地だ。重い土、灼熱の高温といった厳しい労働環境が、ユニークなかつ丼を生み出した。

「かつどんのちちや」

まずは、土岐市のてりかつ丼から見てみよう。訪れたのは、JR中央線土岐市駅にもほど近い「かつどんのちちや」だ。かつては「ファミリーレストランちちや」だったが、いつの間にか看板メニューが、店頭の看板にも掲げられるようになった。メニューを見るとかつ丼は2種類記されていた。「てり」と「とじ」だ。「とじ」とはもちろん、卵とじのかつ丼のこと。

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では「てり」とは? メニューやホームページを見てもその詳細は明らかでない。とにかく食べてみるしかない。登場したてりかつ丼は、ご飯の上に千切りキャベツを敷き、その上に揚げたてのとんかつをのせ、濃厚で甘酸っぱい、テリヤキソースのようなあるオリジナルソースが掛かっていた。

てりかつ丼

その特徴は甘みとだしの味わい。てりかつ丼以外のメニューは洋食が中心だったので、おそらくベースはデミグラスソースだろう。ただ、洋食のデミグラスソースにしては、明らかに甘く、少しケチャップ的な感覚もする。その味をさらに不思議にしているのが、洋食テイストの中に和風のだしの味わいを感させる点だ。和と洋、動物系と和風だしの風味が渾然一体となった、土岐にしかない味わいだ。

チキンつ丼

さらにはかつにもバリエーションが加わる。ロースとひれから選べるのはよくあるパターンだが「かつどんのちちや」ではチキンかつまで選ぶことができる。やや軽めの鶏肉が、いかにもかつ丼然としたヘビーな豚肉との違いになる。リピーターは、その日の腹具合で食べるかつを決めたりするのだろうか。

美濃焼

少なくとも、その味付けには、地元で働く人々の「好み」が映されているのだという。重さや熱さなど、芸術性の一方で肉体労働の一面も持つ製陶業。土岐の気候は、山がちで夏の気温も上がりやすい。そこで、腹持ちが良く、暑さの中でも食欲をそそるこの「甘辛く濃い味付け」が生まれたと言われている。

JR中央線瑞浪駅

JR中央線の土岐市駅のひと駅長野よりが瑞浪駅だ。たったひと駅、市境を跨いだだけで、かつ丼の味が変わった。瑞浪市のかつ丼はあんかけかつ丼だ。瑞浪も土岐同様、美濃焼を中心に発展してきた焼き物のまちだ。製陶業の厳しい労働環境が、土岐に続き、瑞浪にも独自のかつ丼をもたらした。

駅前の「加登屋」は行列店

そのスタイルは、どんぶり飯の上に揚げたてのとんかつのみ。千切りキャベツは敷かない。その上から卵とじにした和風のあんをかけたシンプルなかつ丼だ。ご当地かつ丼と言えば「卵とじ対ソース」の視点で語られがちだが、瑞浪のあんかけかつ丼はそのどちらでもない上に、卵とじではないものの、あんの主要な具として卵が使われている点が注目すべきポイントだろう。

「加登屋」のあんかけかつ丼

あんかけかつ丼の誕生は、卵がまだ貴重だった昭和のはじめに遡る。今では瑞浪のあんかけかつ丼の「顔」とも言えるJR中央線瑞浪駅前の「加登屋」が創業時、卵の味を取り入れつつコスト高にならないようにあんの中に溶き入れたのが始まりだったのだとか。これが、瑞浪の暮らしぶりにマッチした。

白飯に和風あんがベストマッチ

厳しい労働環境の製陶業で働く人々には腹持ちのいいかつ丼が愛された。店に、工房に、かつ丼を出前してもらう。熱々のあんがたっぷりかかったあんかけかつ丼は、時間が経っても冷めにくい。さらには、時間が経つことであんが白いご飯になじみ、さらに味わい深くなったのだとか。

1杯300円の追加あん

とんかつの上にかかっているのは温かい豆腐にかけて食べるとよく合いそうな、だしがしっかり効いた和風のあんだ。固形の具は溶き卵のみ。和風だし風味で、ちょっと緩めでねっとり、量もたっぷりなあんが、とんかつと白飯を優しく包み込む。うれしいのが、小鉢1杯分をプラス300円で添えられる追加あんだ。

食べ進むごとにあんを追加

とにかくあんの美味しさが抜群だ。どんぶりからこぼれ出さないように何回かに分けて追加あんをかけながら、まるでお茶漬けかのように、かつ丼を流し込んでいく。一度食べ始めたら、どんぶりから口へとあんを掻き込む箸が止まらなくなる。まさに「かつ丼は飲み物」だ。

起点は名古屋のみそかつ丼?

東濃のかつ丼は、土岐、瑞浪を経て、最後中津川市のしょうゆかつ丼に到る。中津川のしょうゆかつ丼は、21世紀に入ってから地元の飲食店が開発したメニューで、製陶業を背景とした土岐のてりかつ丼や瑞浪のあんかけかつ丼とのつながりは薄い。とはいえ、隣接する「みそかつ」エリアの愛知県内と合わせれば、長距離移動を伴わずにバリエーション豊かなかつ丼を食べ歩きできる点は魅力的だ。

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