和食ではないにもかかわらず、ラーメンと並び、日本人の国民食とも呼ばれているカレーライス。ラーメンがその源流を中国に持つのに対し、日本のカレーライスの源流になっているのは、かつてインドの宗主国だったイギリスだ。「西洋料理通」と並び、日本の西洋料理の原点ともいうべき貴重な料理指南書である「西洋料理指南」が著されたのは、1872(明治5)年のことだ。ここに初めて、ネギ、ショウガ、ニンニク、バター、エビ、タイ、カキ、鶏、アカガエル、小麦粉、カレー粉を食材としたカレーの調理法が日本に紹介された。

こうして日本に紹介されたカレーライスが国民食にまで至る過程において、大きな役割を果たしたのが日本軍だ。「西洋料理指南」の翌年、1873(明治6)年には、日本軍の将校養成施設である陸軍幼年学校で、土曜日の昼食に「ライスカレー」が導入されている。1908(明治41)年には、海軍でもカレーライスが採用される。

創設間もない日本海軍では、慢性的な栄養不足から脚気が頻発、栄養改善が急務となっていた。兵法をイギリスに学んでいた海軍は、イギリス海軍で「栄養豊富、大量調理が容易、美味」と重宝されていたカレーに目をつける。そして1910(明治43)年、軍隊の日常生活の食である兵食にカレー汁掛け飯を採用する。特にスパイスは、寒さ暑さへの適合や新陳代謝の促進という面でも、兵食には適していた。徴兵されてきた兵隊たちが覚えたこのカレー汁掛け飯を、除隊後も愛し、家庭でも作るようになったことがカレーライスの普及に大きく貢献したとされている。

軍港としての横須賀の歴史は、江戸時代にまでさかのぼる。ペリー来航、開国を機に防衛力増強への機運が高まり、東京湾に面した横須賀への造船施設建設が決まった。1871(明治4)年には、横須賀製鉄所が完成、これを背景に、1884(明治17)年に、艦隊を統括す鎮守府も設けられることになった。こうして海軍のまち・横須賀に海軍の兵食であるカレーライスが根を下ろしていく。

1999(平成11)年、横須賀市、横須賀商工会議所、海上自衛隊横須賀地方総監部の3者を中心に、「カレーの話題が溢れる街」の実現を目標にカレーの街よこすか推進委員会が発足する。「よこすか海軍カレー」の名称は同委員会の登録商標で、委員会の管理の下で、横須賀ならではカレーが加盟店で提供されている。

よこすか海軍カレーは、1908(明治41)年に刊行した「海軍割烹術参考書」に記されたレシピを基に、約50の加盟店が、店ならではのアレンジを加えながら提供している。ちなみに、脚気対策の栄養食として誕生した海軍カレーの歴史を受け継ぎ、よこすか海軍カレーでは、サラダと牛乳を必ず添えることがルールになっている。

では、そのレシピはどういったものだろう。食材として使うのは、牛肉または鶏肉、ニンジン、タマネギ、ジャガイモ、塩、カレー粉、小麦粉、米といたってシンプルだ。作り方としては、肉、ニンジン、タマネギ、ジャガイモをサイコロのように細かく切り、炒める。フライパンに牛脂(ヘット)をひき、小麦粉を炒めてカレー粉スープ、肉、野菜を入れ、弱火で煮込み、塩で味を整えるというもの。文面からわかるように、非常にオーソドックスな「日本のカレー」だ。

つまり、よこすか海軍カレーは、ご当地カレーでありながら、揚げ物と千切りキャベツを乗せソースをかけて食べる金沢カレーや、具だくさんのスープで食べる札幌スープカレーとは違い、これといった外見的な食味的な特徴を持たない。カレールーを使わず、牛脂と小麦粉、カレー粉から作る日本のカレー本来の持ち味を保ち続けているのが、よこすか海軍カレーといえばいいだろう。

あえて、よこすか海軍カレーならではの特徴を探すとすれば、前に紹介した牛乳とサラダを必ずセットにすること、そしてチャツネの存在だろう。チャツネとは、インド料理に欠かせない、ソースまたはペースト状の調味料だ。ジャムのようなどろっとした食感で、野菜や果物に香辛料を加えて漬けたり、煮込んだりして調理するものだ。「海軍割烹術参考書」には、カレーについて「『チャツネ』ヲ付ケテダスモノトス」と締めくくられているため、それを忠実に守っているというわけだ。

実際に、横須賀市内の店舗でよこすか海軍カレーを食べてみよう。京急横須賀中央駅前にある昭和レトロな飲み屋が多く集まる若松マーケット内に店を構えるのが「魚藍亭」だ。カレーの街よこすか認定第1号店で、歴史を感じさせる木造の店舗からも、地元ならではの味に巡り合えそうな予感が漂ってくる。

元祖よこすか海軍カレーは、予想通りの超シンプルなカレーライスだった。ごろっとしたジャガイモがいかにも「日本のカレー」だ。観光客が多い横須賀だけに、海上自衛隊・海軍のまちらしさを強調した内装やメニュー構成で、デラックス感を醸し出す店が多い中にあって、シンプルかつリーズナブルな価格設定に好感が持てる。

一方で、観光目的に好適なのが「横須賀海軍カレー本舗」だ。1階は、レトルトのよこすか海軍カレーをはじめ地元の物産・みやげ物を揃えた売店になっている。2階のレストランは、日本海海戦の旗艦・三笠の士官室を模した内装で、ベーシックなカレーから、揚げ物満載のスペシャルメニューまで、バラエティー豊かなよこすか海軍カレーを食べることができる。

海上自衛隊では、毎週金曜日にはカレーライスを食べる習慣がある。長い海上勤務・遠洋航海では、外洋の景色が変わらず、決まった曜日に勤務が休みとなるわけでないため、曜日感覚がなくなってしまうからだ。これにちなみ、横須賀では、「金曜日はカレーの日」として、金曜日にカレーを食べることを推奨している。大盛りや半額、割引など各種サービスも充実しており、よこすか海軍カレーを食べに行くなら、金曜日がおすすめだ。