やきとりというと、鶏肉を串に刺して、塩またはたれで焼いたものというのが一般的な解釈だろう。しかし、全国には、そんなやきとりの「定説」が通用しないまちがいくつかある。北海道の室蘭では、豚肉とタマネギを串で刺してタレ焼きにし、洋辛子を付けて食べるのがやきとりだ。また、博多をはじめとする北部九州ではやきとりというと豚バラ串の塩焼きが一般的だ。そして、埼玉県東松山市もやきとりといえば豚肉だ。
東武東上線の東松山駅を下りると、駅前には大きなやきとり屋の看板が目立つ。決して大きな駅前商店街ではないが、駅周辺を歩くと、やきとり屋の多さに驚かされる。やきとり屋が2軒隣り合って営業するほどだ。市内には約50軒のやきとり屋があるという。一般には「過当競争」と思われるほどのやきとり屋の多さだが、夕方の開店直後すぐに満席になってしまう店も多い。東松山では、やきとりが市民に愛されているのだ。
そんな東松山のやきとりは、豚のカシラ肉を炭火でじっくり焼いたもの。やきとり自体にも、塩味がついているが、客が自分の好みでつける、みそだれが最大の特徴になっている。みそだれは、白みそをベースに、唐辛子やニンニク、ごま油、みりん、果物など10種類以上のスパイスをブレンドしたもの。各店独自のこだわりでみそを作っており、地元民は、それぞれ好みの味を見つけて通うのだそうだ。
東松山に隣接する滑川町にはかつて食肉加工場があった。豚肉といえども戦後の庶民には高級品。そんな中で、内臓などと同様に重宝されず、食肉加工の材料になっていたのがこめかみ部分の肉だ。そんなカシラ肉を、余分な脂などをそぎ取って、主に朝鮮半島出身の人たちが屋台で串に刺して提供し始めた。
韓国でみそだれと言えば、コチュジャンが思い浮かぶだろう。現在も人気店として有名な「大松屋」が、唐辛子入りのみそだれをカシラ肉の串焼きに合わせたルーツと言われている。元々は寄居でホルモン店を営んでおり、東松山に移転した際に、ホルモンのみそだれをカシラ肉のやきとりに流用したのがきっかけとのこと。これが人気となり、まちじゅうに広がったといわれている。
その「大松屋」をまずは訪ねてみよう。店の暖簾こそひらがなの「やきとり」だが、道路に面した看板には「焼鳥」の2文字が躍っている。しかし当然のことながら、メニューに鶏肉はない。カシラ、レバー、タン、ハツ、白Pと5種類の豚肉のみだ。白Pとは白もつのこと。価格は、全部位とも1本180円だ。なので「お勘定!」は、大阪の串カツ屋同様、食べて残った串を数えて計算する。
店内は長大な「コの字」型のカウンターのみ。けっこう広い店内だが、カウンターの内側も外側も贅沢にスペースが取られており、特にカウンター内はけっこう広大だ。その中央に焼き台がある。焼き台目の前のカウンターが特等席だ。
メニューをしばし眺めていると「まずはカシラ焼きますね」と、特段断らない限り、まずは看板のカシラ肉が登場する。カシラ肉は、焼き上がったら皿の上に置かれる。その目の前にはホーローの容器に山盛りにされたみそだれが鎮座する。このみそだれを小さな木のしゃもじですくい取りカシラ肉に塗る。たっぷり塗る。
カシラ肉は想像以上に柔らかく、一方みそだれは思ったほどに辛くない。この組み合わせが絶妙なマッチングなのだ。カシラ肉やレバーは塩焼きだったが、白Pはタレ焼になっていた。みそだれを塗るべきがどうか迷って質問したところ「どちらでも構わないが、たいがいの人はみそだれを塗る」とのこと。郷に入っては郷に従おう。みそだれをたっぷり付けて食べる。やはりビールが進む味だ。
やきとり以外のメニューは限られる。冷や奴、キュウリ、トマト、キムチといったところ。冬場には煮込みもあるようだ。思わず注文したのがキュウリ。このみそだれを塗って食べたらうまかろうという発想だ。予想は的中した。キンキンに冷えたキュウリに、みそだれがよく合う。そしてビールを誘う。誕生の経緯から考えても、いかにも「庶民派」のこの「大松屋」のスタイルが、東松山やきとりを堪能するには最適と感じだ。
同様に庶民派の空気を漂わせていたのが、「大松屋」のすぐ近くにある「とくのや」だ。やはりこぢんまりとした店ながら、カウンターの中が広々している。ここでやきとりを焼く。みそだれは「大松屋」に比べ、やや赤みが勝っている。そしてこちらは刷毛で塗る。辛味は見た目ほど強くはなく、やはり柔らかいカシラ肉を引き立てる。
一方でサイドメニューは豊富。やきとり以外のメニューも充実していた。個人的に気に入ったのはキムチ納豆。納豆とキムチを合わせて、叩いてある。みじん切りで混ざり合ったキムチと納豆に、ごま油の風味がよく合う。思わず酒が進む味だった。
一方で、座敷もあり、東松山やきとりを代表する名店と言われているのが「桂馬」だ。「大松屋」や「とくのや」が並ぶ一角とは、駅前広場を挟んだ南側の住宅地に位置する。人気店で、開店前から行列ができ、すぐに席が埋まってしまう。一見客の入店は至難の業だ。
カウンターの目の前では、ご主人が大量のやきとりをずらり並べて焼いている。人気店の証だ。「桂馬」では、塩などの下味は付けずにやきとりを焼く。そこに赤みの強いみそだれを刷毛で塗って食べる。いや、塗ると言うよりのせるという表現が正しいかもしれない。たっぷり塗らないとおいしくないと言うのが常連の見解だ。そして、このたっぷりのみそだれのおかげで、レバーなどくせの強い部位でも食べやすくなるという。
他にも駅前だけで数え切れないほどのやきとり屋が軒を連ねる。夕方早々に人気店に入るのは、地元民以外にはちょっと厳しいかもしれない。とはいえ、他のまちにはない個性的でおいしいやきとり。まずは、入れるお店からチャレンジしていくのがいいだろう。