バケツで羊肉を焼く 遠野のジンギスカン

投稿日:2026年7月31日 投稿日: (更新日:

これまでに何度かご紹介してきたが、北海道をはじめ、全国各地に点在するジンギスカンは、その背景に明治維新以降の富国強兵の政策が強く影響している。アジアの植民地化を目論む欧米列強に対抗するためには軍事力の強化が不可欠で、その一環で、大陸の寒冷地でも戦闘可能な軍服用のウールの調達が急務になり、各地に緬羊が起こり羊肉食が広がる。その後、日清・日露戦争に勝利すると、今度は日本が中国東北部、いわゆる満州の開拓に移民を送り出す。満州で肉と言えば羊肉だ。彼の地で羊の味を覚えた移民たちは、戦後日本に帰国した後も満州の味を忘れ去れずに日本でも食べるようになる。

中国東北部では肉と言えば羊肉

岩手県遠野市は、小さなまちながら、広く市民にジンギスカンが愛されている東北を代表するジンギスカン・シティーだ。そのルーツは、まさに後者。「満州から持ち帰った味」から始まる。現在も、遠野のジンギスカンを代表する名店「じんぎすかんあんべ」の歴史こそが、遠野のジンギスカンの歴史そのものだ。

たれに漬け込む

同店創業者、初代の安倍梅吉氏は中国で従軍。満州で、ジンギスカン料理に出合い、その美味しさに心を打たれる。戦後日本に引き揚げてきた梅吉氏は遠野で精肉店兼食堂を開業、羊肉の美味しさを伝えるべく、ジンギスカンの提供をし始めた。しかし、当時はまた羊肉が珍しかった時代。なかなか受け入れられなかったようだが、くせのある羊肉に合うタレの開発に力を注ぐことで、やがて人気店となっていく。

遠野のジンギスカンの代名詞

遠野のジンギスカンの代名詞とも言える食べ方が、バケツジンギスカンだ。七輪の代わりにバケツに炭をくべてその上にジンギスカン鍋を置いて羊肉を焼くスタイルだ。四方を山に囲まれた遠野では、昔から高原祭りなど野外でジンギスカンを楽しむ習慣があった。「じんぎすかんあんべ」が食材などを配達するのだが、当時の山道は悪路で、多くの七輪が途中で割れてしまったという。

使い込まれた「じんぎすかんあんべのバケツ

そこで、2代目の安倍好雄氏が、七輪の代わりにバケツを貸し出すサービスを始めたところ、これが人気になった。今では、食品スーパーでもバケツが貸し出され、DIYショップにもジンギスカン用のバケツがずらり並ぶほどだ。

建て替えでピカピカの「じんぎすかんあんべ」

実際に遠野でジンギスカンを食べてみよう。まずは、元祖店に敬意を表して「じんぎすかんあんべ」から訪れることにした。創業は1947(昭和22)年、すでに70年を超える歴史を持つ老舗だが、2023年に店舗は建て替えられ、自動配膳ロボットが店の中を動き回るなど、非常に近代化された店舗だ。奥にはガラス張りのキッチンスペースがあり、肉はそこですべて手切りで提供する。

肉は名札付き

ラムかマトンか肉腫はもちろん、肩ロースかロースかももかなど部位も様々に選んで注文できる。また、手切りしたままの生肉とジンギスカンらしく事前にたれに漬け込んでも味わうことができる。食べ方のバリエーションは非常に多い。そんなバリエーションの中からそれぞれの肉の持ち味を認識できるよう、肉は「名札付き」で運ばれてきた。

肩ロースが出色の美味しさ

それを中央部が盛り上がった昔ながらのジンギスカン鍋で焼く。非常に柔らなく、味わい深い肉だ。特に肩ロースの脂身の美味しさは特筆だ。かつての緬羊種のラムロールスライスを知る世代としては、羊の脂はくさみのあるものという先入観があるが、それが全くの誤解であると思わざるをえなかった。

歴史と伝統のたれ

そこにはもちろんたれの力も大きい。初代の安部梅吉氏が試行錯誤の上に作り上げたそのたれは、ほどよく肉に染み込む酸味と辛味が魅力だ。しょうゆをベースに、ショウガやにんにくなどの香味野菜がバランス良く配合されている。羊肉ならではの香りを「旨み」に昇華させる、歴史と伝統に裏打ちされた味だ。

「まるまんじんぎす館」だ

「じんぎすかんあんべ」は観光客から地元客まで幅広く人気のお店だが、一方で地元客の支持が高いのが「まるまんじんぎす館」だ。2017年に一度閉店するものの、市民からの強い要望で復活した。やはり精肉店にルーツがあるとのことで、肉の質はとても高い。また、たっぷりの野菜と一緒に盛られてくるのだが、野菜とのバランスがとてもいい。

ボリューム満点の「まるまんじんぎす館」

「じんぎすかんあんべ」が、こだわりの肉の違いを吟味しながら味わうのに適しているように思う一方、「まるまんじんぎす館」は、野菜やたれも含めたジンギスカン全体の味を楽しむのに適していると感じたのは私だけだろうか。肉も野菜もどーんと焼いてガツガツ食べる。そんな食べ方が楽しかった。

遠野と言えばバケツジンギスカン

せっかく遠野まで足を運んだからには、やはりバケツジンギスカンも体験しておきたい。ただ、そもそも歴史的に、仲間内で山などに出かけて野外で楽しむスタイルなので、お店で食べるにはちょっと不向きなのだ。バケツで炭をくべるので、温度管理や排煙もむずかしい。

足下にはJR釜石線も走る

「道の駅遠野風の丘」では、冬季を除く1日10組限定で、バケツジンギスカンが楽しめる。道の駅の広大な飲食スペースの一角にはテラス席があり、そこで、バケツジンギスカンができるのだ。目の前には広大な自然が広がり、足下にはJR釜石線も走る。この雰囲気で、遠野ならではバケツジンギスカンが味わえるのは、観光客には嬉しいサービスだ。

遠野において肉とは

さすがに精肉店クオリティーの上記2店に比べ肉の質はやや劣るものの、遠野だからこそ味わえるこの雰囲気を実感できるのは、何ものにも代えがたい。ちなみにJR遠野駅近くの精肉店のウインドーには「桜肉・羊肉・牛肉・豚肉」の文字が躍っていた。都会でこの4種の並びは見たことがない。遠野の人の肉対するイメージが鮮明になった気がした。

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