トヨタ自動車のお膝元・西三河。矢作川が三河湾に注ぐ西尾市は、生産量日本一の抹茶や一色産のうなぎで知られる。そんな西尾には、全国的な知名度こそうなぎに遠く及ばないものの、地元市民に広く知られ、愛される、ソウルフードと呼ばれる食べものがある。イカフライのレモン煮だ。

そのルーツは学校給食にある。公立小学校は市町村立が基本で、そこで食べられている学校給食も市の施設で調理されていることが多い。そんな学校給食で独自メニューが考案されると、市民には圧倒的に知られる味となるが、独自性が強く、市外には広がらない料理だと、となりまちでは料理名すら誰も知らないような存在となる。イカフライのレモン煮がまさにそれなのだ。

その誕生は1986(昭和61)年に遡る。当時、市の給食施設で働いていた栄養士の鳥居ひろみさんが、勤務先の近くにあった店のみそかつの美味しさに触発されて編みだしたという。その美味しさの秘訣は、味噌をかけるのではなく、かつ全体にからめていたことだった。後がけにすると、どうしてもみそがたっぷりとついた部分とそうでない部分ができてしまう。「全員に同じ味」が基本の給食には、この衣全体にからめる味付けが適していると感じたそうだ。

味をからめる素材はかつではなく、イカフライが選ばれた。高タンパクで低脂肪、さらには子供の成長に大切な亜鉛も含まれることが決め手になった。味付けのベースは、みそでもソースでもなくしょうゆだ。そこに砂糖やみりんで甘さを加え、レモン汁を加える。これいによって、さっぱりと爽やかにイカフライを食べることができる。

実際に西尾市内でイカフライのレモン煮を食べてみた。びっくりしたのが、市内の提供店の多さだ。学校給食がルーツという割には、スーパーの惣菜売り場でも、食堂でも、市内のあちこちでイカフライのレモン煮が買える、食べられるのだ。しかも人気メニューの上位だったり、スーパーの惣菜売り場には山積みになるほど人気なのだ。

「道の駅にしお岡ノ山」内にある「レストランいっぷく」でもイカフライのレモン煮定食は人気メニューだ。訪れた際も多くの人が食べていた。大ぶりなイカフライが2本、それぞれ斜め切りにして盛られている。たれは事前に煮からめるので、一見、味がついていないように見えなくもない。

粘度の低いしょうゆがベースなので、煮からめても、衣のサクサク感が失われていないのが特徴だ。ほんのり甘酸っぱい味は、食べる人の年齢を問わない。白いご飯にもよく合う味だ。持ち帰って、ビールのつまみにもしてみたが、時間が経ってなおサクサク感があり、油もくどくなく、ビールが進む味だった。

「道の駅にしお岡ノ山」内の直売所では、テイクアウト用のイカフライのレモン煮やイカフライのレモン煮のたれも販売されていた。たれのパッケージを確認すると、原材料は、しょうゆ、ブドウ糖、砂糖、レモン果汁のみだった。ほんのり甘酸っぱい味は、イカフライ以外の揚げ物にも合うだろう。

実際にこのたれは、イカフライのレモン煮がない蒲郡市の学校給食では、鶏のからあげに絡ませた「揚げ若鶏のレモン煮」として提供されている。2026年2月には、西尾市役所と蒲郡市役所が共同で、この二つのレモン煮を一緒盛りにした「にしがまレモン煮」の提供を開始した。「レストランいっぷく」でも食べることができた。

イカフライ以外にもこのたれは合うだろうという予測は見事に的中した。揚げ物ダブルだが、非常にさっぱりと食べられる。しかも、ほんのり甘酸っぱいたれの米粒との相性が絶妙にいいのだ。イカフライのレモン煮はご飯別添えの定食だったが、このたれをイカフライや唐揚げだけでなく、ご飯にもさっとかけ回すことで、ご飯がいっそう美味しくなる。

西尾市民のイカフライのレモン煮愛は、西尾でしか食べられていないメニューにもかかわらず、全国チェーン食堂のメニューにもしてしまっている。北海道から沖縄、さらには海外まで出店する「まいどおおきに食堂」の「西尾寄住食堂」では、同店限定のイカフライのレモン煮を販売する。

オープンキッチンで、イカフライのレモン煮は、できあがるたびに行列から手が伸び、次々とお盆にのせられる。調理過程を見ていると、少量のたれをフライパンでさっとからめるのがコツのようだ。みりんが入っているのか、火が通ってくるとてりが出てきて、いっそう美味しそうだ。ちなみに、イカフライのレモン煮は同店人気メニュー第2位だ。市役所内の食堂「福ふく」でも、もちろん食べられる。

スーパーの惣菜売り場にもイカフライのレモン煮が山積みだ。ということは、家庭の食卓でも広く食べられているということになる。イカフライ1枚入り、2枚入り、3枚入りとバリエーションも豊富で、単身から家族まで、幅広い家庭で食べられていることがうかがえる。

西尾市以外では、知られていない、特に東海3県を出てしまうとその存在すら知られていないだろうイカフライのレモン煮。しかし、地元でのあまりにも深い愛されぶりは、正直驚かされた。食べてみれば、素直に美味しい。値段も手頃だ。もし、西尾を訪れる機会があったら、ぜひ食べてみほしい。




