全国各地に点在するご当地コロッケ。コロッケが庶民の食卓でいかに愛されているかが分かる。各地各様、それぞれに美味しい。しかし、ジャガイモの代わりにサトイモを使った北上コロッケなどを除けば、つぶしたジャガイモをメインに衣を付けて揚げるというシンプルなレシピが故に、その味に大きな差が出にくいのが現実だ。そんな中で、地味ながらも、個性的な味で愛されているのが、群馬県伊勢崎市の神社コロッケだ。

神社コロッケは、その名の通り、伊勢崎神社周辺の屋台で売られていたことからそう呼ばれるようになった。誕生したのは、戦後の1950年代と言われている。最大の特徴はおから。ジャガイモにおからや青のりを混ぜ、薄く平たくして衣を付けて揚げ、揚げたてをそのままどぼんと甘口ソースに浸したものだ。元祖の屋台はすでに閉店したが、現在も伊勢崎市内のいくつかの店やスーパーでその味が引き継がれている。

実はおから、けっこうあちこちでコロッケの「かさ増し」に使われている。おからは、肉や小麦粉の代わりとして使うことで、美味しく大幅にカロリーやコストを抑えることができるからだ。さらに、豆腐の副産物であるため安価で、コロッケに独特の食感を持たせることもできる。長崎にもおから入りのコロッケがあり、素揚げだが、埼玉県行田市のご当地グルメ・ゼリーフライには揚げたてをソースに浸す点も含めて、神社コロッケとの共通点が見いだせる。

群馬県から栃木県にかけてのJR両毛線沿線は、ジャガイモとソースをこよなく愛する地域だ。「織物産業が育んだソース文化 桐生の味あれこれ」の項で紹介した子供洋食がその典型で、栃木などでは、やきそばに「かさ増し」としてジャガイモを入れることも多い。神社コロッケの場合は、おからの方が「かさ増し」のようだが。

では実際に伊勢崎を訪れて神社コロッケを食べてみよう。まずは、種類豊富なオリジナル饅頭と神社コロッケ、やきそばが看板メニューの「むらさき庵」から。同店はテイクアウトだけでなく店内で揚げたても食べられる。神社コロッケは、注文を受けてから揚げ始める。

コロッケを名乗るものの、通常のコロッケとは大分違う食感だ。たいがいのコロッケはジャガイモのホクホク感が魅力だが、「むらさき庵」の神社コロッケは、もちもちを通り越してかなりハードな食感だ。ジャガイモよりはおからが多いのだろうか。成形もけっこう固めている感じだ。衣は薄めで、揚げたてをソースに浸すので、かなりソース味が強い。

形状も独特だ。コロッケと呼ぶにはかなり薄い。しかもパン粉はかなり粗めで、フライというよりは素揚げにも近い感覚だ。なので、ソースがパン粉にまとわりつく感じもない。油で揚げると、表面の水分が飛んで乾いた状態になるのだが、すぐにソースに浸すことで、ソースを水分として吸収する。それをソースまみれになる前に素早く引き上げる。もしパン粉がたっぷりと付いていたら、ソースを吸い込みすぎるかもしれない。

続いて「JA群馬農畜産物直売所ファーマーズマーケットからか~ぜ」を訪ねた。ここでは、惣菜として神社コロッケを販売している。揚げ置きということもあるのだろうが、やはりハードな食感だ。これだけ、しっかりした食感なら、揚げ物と言うこともあり、結構腹持ちが良さそうだ。

そして、住宅街にあるプレハブの店舗で営業しているのが「ふらっと」だ。神社コロッケだけでなく、かき揚げや天ぷらなど揚げ物を幅広く取り扱っている。店舗の隣が駐車場で、取材時も、近所の人だろう、クルマで神社コロッケを買いに来ていた。

同店の神社コロッケには味のバリエーションがある。ソース味に加えて味噌味があるのだ。ソースは、「むらさき庵」と同様で、揚げたてをソースにドボンと浸す。一方、味噌は刷毛で揚げたてに塗る。ちょっと甘めの味噌は、先の2店にはない味わいだ。食感はやはりハードだった。

伊勢崎では、神社コロッケはご飯のおかずと言うよりは小腹を満たすおやつ感覚のようだ。買い集めた各店の神社コロッケを持ち帰り、ビールのつまみにしてみたが、飲みながらつまむにはちょっと重たい感じがした。そのしっかりとした食感で、けっこうお腹が膨れてしまうのだ。かといってご飯のおかずにするにもちょっとヘビー。これでご飯を食べたらやはりお腹いっぱいになってしまうだろう。やはり、おやつが最適だ。学校帰りに「買い食い」するのが似合いそうだ。

かつて神社仏閣は、レジャーランドだった。門前町には参詣客目当ての娯楽施設が必ずと言っていいほどあった。「お参りに行く」と言いながら実は遊びに行っていたのだ。京浜急行が都心と川崎大師を結ぶために、京成電車が都心と成田山新勝寺を結ぶために作られたことがその証拠だ。現代で言えばテーマパークのような存在だったに違いない。

伊勢崎の神社コロッケも、そんな参詣客の楽しみの一つだったのだろう。こぢんまりした神社も、「買い食い」の神社コロッケも、どことなく昭和の名残りを感じさせる。情報も乏しく、提供店も地元以外の人には分かりにくい。まさに地元の人が細々と食べ継いできたソウルフードなのだろう。決してご馳走ではないけれど、その味は愛おしい。機会があったらぜひ食べてみてほしい。




