肉に負けない八丁味噌のパンチ力 豊橋の菜飯田楽 (トップ写真) 豊橋市は東三河地区の中心都市で、愛知県内では名古屋市、豊田市、岡崎市、一宮市に次いで県内第4位の人口を誇る中核都市だ。かつては吉田と呼ばれ、東海道34番目の宿場として栄えた。単なる宿場町ではなく、遊郭や旅籠が軒を連ねる繁華街でもあった。そんな吉田宿、豊橋の名物料理が菜飯田楽だ。 (写真:豆腐田楽) 田楽は、そもそも豊作を祈る行事に由来する。平安時代ごろから、田植えや祭りの際に、豊作を祈願するため田で太鼓に合わせて踊る風習があった。そこで踊る人は、やがてプロ化し、田楽法師と呼ばれるようになる。白い袴に色つきの上着をはおり、単に踊るだけでなく竹馬のような1本の棒に乗り飛び跳ねたりもしていた。その様子から、豆腐やこんにゃく、芋などを串刺しして調味料をかけて食べる料理を田楽と呼ぶようになった。 (写真:久慈の豆腐田楽) 田楽は全国で広く食べられており、岩手県久慈市や九州の阿蘇などでも田楽が名物料理になっている。とはいえ、最も知られているのは東海地方の豆腐田楽だ。静岡県西部から岐阜県にかけて広域で食べられ、尾張には生麩を揚げて赤味噌を塗った麩田楽もある。 (写真:大根の葉を使った菜飯) 加えて江戸時代には、東海道の多くの宿場で、刻んだ青菜を炊き込んだり、さっと湯に通して塩を加えた青菜を混ぜた、菜飯がよく食べられていた。特に三河地域では、菜飯と田楽をセットで出す菜飯田楽が名物となり、現代に続いている。 (写真:「なめし田楽いちょう中野町本店」) 実際に豊橋を訪れて、菜飯田楽を食べてみよう。愛知県と言えば、モーニング。豊橋では、菜飯田楽のモーニングが食べられる。「なめし田楽いちょう中野町本店」は、朝9時から11時までモーニングの営業をしている。コーヒやトーストを組み合わせた定番の「愛知のモーニング」の他に、菜飯田楽のモーニングセットを2種用意している。 (写真:なめしとろろミニ田楽定食) なめしおにぎりミニ田楽定食となめしとろろミニ田楽定食だ。いずれも価格は800円。今回は、とろろがついた後者を選んだ。大きめの丼に盛られた菜飯にとろろが添えられ、ミニ田楽も2本つく。さらには小鉢やみそ汁も添えられて結構なボリュームだ。 (写真:ミニ田楽) ミニ田楽は通常サイズの約半分の長さだ。味噌がびっしりと塗られ、真ん中の黄色いからしが色鮮やかだ。国産大豆100パーセントの豆腐は、市内の「竹上豆腐店」が田楽用に開発したもの。香ばしく焼かれ、ふっくらと舌触りの良い滑らかな豆腐だ。味噌だれは、岡崎市の老舗「カクキュー」の八丁味噌をベースに、北海道産昆布と日本近海で獲れたカツオを使った出しで仕上げている。 (写真:菜飯だけでも美味しく食べられる) 菜飯は、渥美半島の直営農家から仕入れた大根の葉を使っている。大根の葉が最も柔らかく、色も香りも良い11〜12月に収穫したもの。ちょうどよい塩味があり、菜飯だけ食べてもじゅうぶん美味しい。とろろは、いい塩梅に味付けされており、菜飯との相性もいい。 (写真:田楽、とろろとの相性は抜群) そしてとろろ以上に相性がいいのが、田楽との組み合わせだ。大根の葉の風味をしっかり残したあっさりとした菜飯に、八丁味噌をきかせた濃厚な田楽の味噌だれの甘じょっぱさが絶妙に合うのだ。添えられた味噌汁も赤だしで、定食の中に愛知らしい味わいがびっしり詰まっていた。 (写真:「菜飯田楽きく宗」) もちろん、お昼も菜飯田楽だ。「菜飯田楽きく宗」は豊橋の菜飯田楽を語る上で欠かせない老舗だ。店頭には豊橋名物の手筒花火に使う手筒が置かれている。創業は文政年間。1800年代の初頭なので、江戸時代以来、200年以上にわたって、旧東海道沿いで菜飯田楽一筋に営業を続けてきた。木造のいかにも歴史を感じさせる店構えだが、豊橋は空襲煮見舞われており、現在の店舗は古民家を移築したもの。間口こそ狭いが奥行きがあり、奥には数多くの個室が並ぶ。 (写真:木札のメニュー) 訪れたのは、日曜日。11時半の開店だが、10分ほど前から行列ができはじめ、あれよあれよという間に大行列になっていた。順に1組ずつ通されるので、少し時間はかかるが、店の中は広く、外で長時間待たされるというわけではない。部屋に通されると、木札のメニューが渡される。いかにも老舗らしい。ビールや日本酒、そしてつまみになる豆腐類はあるが、定食は菜めし田楽定食のみだ。 (写真:「菜飯田楽きく宗」の菜めし田楽定食) 田楽7本にたっぷりの菜飯、それにお新香とお吸いものが添えられたシンプルなスタイルだ。田楽の長さに合わせた専用の漆器には、たっぷりの味噌だれが滴り、器の底にも味噌だれが溜まっている。全体的にはモノトーンに近いが、そこに引かれたからしのひと筋の黄色いラインが印象的だ。 (写真:田楽を串から外して、菜飯の上にのせる) この色合いこそが、田楽の出自の証だ。田楽法師が白い袴に色付きの上着をはおり、黄色い帯をまとって踊っていた姿は、白い豆腐に色付きの味噌、黄色のからしという組み合わせに映されている。お薦めの食べ方は、田楽を串から外して、菜飯の上にのせる方法。一度根元の方に押してから引き抜くと、きれいに田楽が外れる。 (写真:器の底に滴る味噌だれ) 自家製の、やはり国産大豆を100パーセント使った豆腐は、柔らかすぎず硬すぎず、ちょうどいい塩梅だ。やはり味噌だれの美味しさが光る。器の底に溜まった味噌だれもすくいながら菜飯とともに味わう。豆腐と菜飯というシンプルな組み合わせにもかかわらず、八丁味噌ならではの濃厚な味わいはとても強いパンチ力を発揮する。その強いパンチ力が故に、汁が赤だしではなく淡い吸い物でちょうどいい感じがした。 (写真:和食ながら濃厚) 愛知の八丁味噌グルメというと、味噌煮込みうどんや味噌かつ、どて煮などに目が行きがちだ。しかし、菜飯田楽は、豆腐を主役に野菜と米という、いかにもヘルシーな和食ならではの組み合わせにして、肉料理などに負けない強い味わいが魅力だ。豊橋を訪れた際には、ぜひ食べてみてほしい。