地元で味わう高級魚介 閖上の赤貝 (トップ写真) 赤貝は、江戸前寿司の代表的なネタの一つとして知られる。こりこりとした食感が特徴で、高級寿司だねとして人気が高い。しかし近年は急激に漁獲量が減っており、特に国産の赤貝は希少な高級品として取引される。北海道南部から九州にかけて広く生息しているが、宮城県名取市閖上(ゆりあげ)産のものが特に高級とされ、1キロ当たり5000円以上の高値で取引されることもある。 (写真:赤貝の刺し身で一献) 閖上が位置する名取市は、仙台市に隣接することから、仙台のベッドタウンとして1980年代後半から宅地開発が盛んになった。閖上は名取市の中心街からは少し離れており、古くから漁業のまちとして栄えた地区だ。江戸時代は仙台藩直轄の港で、仙台に魚介類を売り栄えるととも、広大な平野が広がることから農業も盛んで、いわゆる半農半漁の集落だった。 (写真:名取市震災メモリアル公園の慰霊碑) その広大な平野が故に、東日本大震災では、閖上地区の大半が津波に襲われた。壊滅的な被害で、閖上地区だけで701名が犠牲になった。名取市全体の犠牲者の実に8割もの方が閖上で亡くなっている。しかし、仙台市中心部から10キロあまりという恵まれた地勢もあり、復興は早く、漁業もいち早く復活。臨海部には、漁港や水産加工団地が建ち、港町には活気が戻りつつある。 (写真:名前の通り真っ赤な貝) 赤貝は、最大で10〜12センチほどになる二枚貝で、貝殻の表面に約42本の放射状のスジが入っている。その名の通り、貝殻を開くと中に真っ赤な身が入っている。これは、血液の中に哺乳類と同じヘモグロビンを含有するためだ。鉄分を豊富に含むことから、貧血予防に効果的な食材と言われている。 (写真:「かわまちてらす閖上」から眺める名取川) 閖上の赤貝が生息する仙台湾は、奥羽山脈や阿武隈山地からの栄養豊かな水が名取川、阿武隈川から注がれることで、たくさんのプランクトンを含む、豊かな漁場だ。漁獲するのは、約4年間かけて成育したもの。味が濃く、旨みが強く、理想的な身色をしている。 (写真:「かわまちてらす閖上」) 実際に閖上を訪れて特産の赤貝を食べてみよう。まず訪れたのは、まちの復興を目指して2019年4月にオープンした商業施設「かわまちてらす閖上」だ。名取川の堤防の上、河口と仙台湾を望む場所に飲食店を中心に多くの店が軒を連ねる。カフェなどカジュアルな店が多いが「閖上と言えば赤貝」ということで、高級食材である赤貝を食べられる店も複数ある。 (写真;「閖上浜のまかない処浜や食堂」) 「かわまちてらす閖上」の最も海側にあるのが「閖上浜のまかない処浜や食堂」だ。ここではランチでも赤貝が食べられる。閖浜丼は、赤貝をはじめ、閖上の人気食材を一緒盛りにした贅沢な丼だ。旬の鮭や海老など比較的柔らかい食感の中で、赤貝のこりこりはやはり光る。 (写真:閖浜丼) 赤貝と並ぶ主役がしらすだ。生しらす、釜揚げしらすがともにのる。閖上のしらすは、2017年7月から閖上をはじめとする4地区で、日本最北となるしらす漁として操業が始まったもの。「北限のしらす」として、名取市の新たな特産品として注目されている。「閖上浜のまかない処浜や食堂」は、おかわりし放題のあおさ汁など、比較的リーズナブルに閖上の魚介を味わいたい人にお勧めだ。 (写真:「若草寿司」) 閖上の名物の一つとしてではなく、赤貝をとことん味わいたいという向きには、同じく「かわまちてらす閖上」の一角にある「若草寿司」がお薦めだ。注目は閖上赤貝丼。高級食材の赤貝が、これでもかと酢飯の上にちりばめられている。赤貝のひもは別皿に盛られて添えられている。これに、吸い物、もずく、かれいの煮付けまでついて4200円は、東京では考えられない価格設定だ。 (写真:見た目にも美しい赤貝丼) 丼は、まさに「赤貝丼」と呼ぶに相応しい見栄えだ。こりこりとした赤貝特有の食感を存分に楽しめる。赤貝だけでなく、白身の刺し身やいくらも添えられている。赤貝のこりこり、白身のしっかりとしつつもねっとりとした食感、そしていくらのプチプチ。見事な食感のハーモニーが口の中で繰り広げられる。 (写真:ひもは別皿で) そして、ひも。市場ではこの部分だけを売っていることもあるほど人気が高い。ほたてなどの貝ひもに比べも厚みがあり、ひもは身よりもこりこり感が強い。赤貝特有の渋みも魅力的だ。さらに貝柱には独特の甘味もあり、身に勝るとも劣らない美味しさだ。 (写真:キャッチフレーズは「閖上浜の心活(いき)」) 「かわまちてらす閖上」は場所柄、特に週日は明るいうちだけの営業だ。夜、仕事帰りに閖上の赤貝で一杯やりたいという向きにお薦めなのは、JRおよび地下鉄長町駅近くにある「漁亭浜やあすと長町店」だ。店名の通り、「閖上浜のまかない処浜や食堂」の系列店だ。閖上に本社を構える有限会社まるしげの運営だ。 (写真:赤貝の刺し身) せっかくなので、赤貝づくしだ。まずは、刺し身を注文。カウンターで花板の調理を間近で見ながら杯を傾ける。剥いた赤貝を、まな板にぱちんとたたきつける。赤貝の刺し身の基本的な調理法だ。たたきつけることで、身が引き締まり、食感のコリコリ度が増すそうだ。確かに赤貝ならではのこりこり感で、酒が進む。紐も添えられている。 (写真:赤貝と白身魚のなめろう) 「漁亭浜やあすと長町店」のハイライトは、赤貝と白身魚のなめろうだ。なめろうは千葉の漁師料理。液体がこぼれてしまう船上で、しょうゆではなくこぼれない味噌で釣りたての魚を叩いて調味する料理だ。何度も叩くことで独特の粘り気が出てくるのだが、そこにみじん切りにされた赤貝が、ときどき「こりっ」と来るのだ。この食感がたまらない。 (写真:赤貝の握り) シメは赤貝の握りで。2貫なのだが、身とひもが1貫ずつ。ひもにはきゅうりが合わせてあった。このきゅうりとひものしっかりした歯ごたえが、とても魅力的だった。なお、閖上の赤貝は、産卵期に入ることと貝毒の危険性から、5月から8月ころにかけて禁漁になる。年によって禁漁の期間は変わることから、初夏から夏にかけては、禁漁の時期を事前にチェックした上で、閖上を訪れてほしい。