生を塩ゆでに、ピーナッツバターも 八街の落花生 (トップ写真) 落花生、ピーナッツというと「ナッツ」という言葉を思い浮かべる人は多いはずだ。ナッツとは、硬い殻に包まれた食用の木の実や種子を意味し、一般的には種実類に分類される。しかし、落花生は種実類ではなく豆類に属する植物だ。種実類はアーモンドやくるみなど「木の実」であるのに対し、落花生は大豆や小豆など「豆」の一種だ。一般に豆類はタンパク質が中心だが、落花生はタンパク質も豊富だが、脂質も約50%と非常に多く含まれているため、例外的に「ナッツ」とされているのだ。 (写真:八街の落花生畑) 落花生が豆なのに木の実扱いされていることを知らない人は多いだろうが、一方で、落花生と言えば千葉県をイメージする人は多いに違いない。農林水産省が発表した特定作物統計調査によれば、日本全国の落花生の収穫量は1万4800トン。そのうち千葉県が1万2800トンと、実に全国の86%もの量を収穫している。ちなみに2位には隣接する茨城県の1180トン、3位は同じ関東の神奈川県(231トン)、4位鹿児島県(175トン)と続く。 (写真:堀りたての落花生) 市町村別では、八街市がトップで、隣接する千葉市、佐倉市、山武市と続く。要するに八街を中心とした、関東ローム層と呼ばれる火山灰土の地質の地域で盛んに生産されているのだ。火山灰土は粒子が細かいため、乾燥すると風で舞い上がるほど軽い。さらに、火山灰土は一般に水はけが良い。この土の軽さと水はけの良さが、稲作などには適さない一方、落花生の栽培には最適だった。 (写真:水洗いをして) 日本では沖縄県でかなり昔から落花生が栽培されていたが、本州へは1706(宝永3)年に初めて中国から伝播したと言われている。しかし、栽培には至らず、実際に栽培が始まったのは、1874(明治7)年に政府がアメリカから種子を導入、全国に栽培を推奨したのが始まりと言われている。千葉県では、同年に今の山武市で試作が行われ、現在の旭市で本格的な栽培が始まった。 (写真:乾燥させる) 八街で落花生の栽培が始まったのでは、1896(明治29)年ごろといわれている。旭の落花生栽培が、干ばつの被害を受けやすかったことから、干ばつや砂地などの悪条件に強い八街で、比較的安定した収穫を得ることができる品種を導入することで、急速に栽培が広がった。大正の初めには特産地と呼ばれるようになり、1949(昭和24)年には落花生の耕作面積が当時の八街町全耕地の約80%を占めるほどになり、この頃から「八街の落花生」が全国に知られるようになる。 (写真:まちのあちこちに落花生屋が点在する) 実際に八街を訪れてみると、実に多くの落花生直売所があることを実感できる。同じく千葉県にある市川市の梨がそうだったが、農協などを通じて集荷・出荷するというよりは、畑の道路沿い、あるいは母屋の軒先で、収穫した落花生を販売するのが一般的なのだろう。現在、八街市優良特産落花生推奨協議会が認定する落花生の販売店は、実に21店にも上る。 (写真:品種によって大きさも味も様々) 生産者が栽培と販売を競い合うことで「八街の落花生」の評判が高まる一方、市内には千葉県農林総合研究センター落花生研究室もあり、より高品質の品種の開発、栽培法の開発も盛んに行われている。同研究室からはこれまでに、ナカテユタカ、千葉P114号=Qなっつ、おおまさりネオなど、落花生の主要品種が誕生してきた。 (写真:八街では塩ゆで落花生も) 現在の主要品種は、まず炒り豆に適した品種では、千葉半立が最も生産が多い。煎豆にすると独特な風味があり、味もいい。次いで多いのがナカテユタカ。育成が早く、収穫効率も味もいいと、いいことずくめだが、収穫時期を逃すと味も品質も低下しやすいのが玉に瑕だ。そして、2018(平成30)年にデビューしたQなっつこと千葉P114号。さやは白く、甘みが強いのが特徴だ。 (写真:左が千葉半立、右がおおまさり) 一般に落花生は煎って食べることが多いが、千葉県や静岡県、長崎県など落花生の生産地では、塩ゆでにしたり、煮豆にしたりして食べることも。煮て食べるのに適した品種では、まず郷の香(さとのか)。さやは白く、熟度が揃っている。そして、茹で用落花生として非常に人気が高いのがおおまさりだ。一般的な落花生の約2倍の大きさがあり、茹でると甘みが強く、柔らかい。 (写真:「ますだの落花生」) 実際に八街を訪れてみた。車で走るとあちこちに「落花生」「ピーナッツ」の看板を目にする。中には落花生の収穫を体験できる店もあった。「ますだの落花生」は落花生畑の道路に面した所に店舗がある、典型的な八街の落花生店。お願いすると、店裏の畑に入って、1株250円で落花生の収穫が体験できる。 (写真:枝をつかんで株を引っこ抜く) この日はQなっつとナタデユタカを収穫できたが、いずれも「立性」と呼ばれる、まっすぐ上に枝が伸びる性質のため、株から生えた複数の枝をひとまとめにしてつかみやすい。最初はちょっと力が要るが、抜け始めるとあっという間に引き抜くことができた。八街の土の軽さが実感できる。引き抜いた株を揺すれば、土もすぐ取れてしまう。 (写真:たっぷりの水とたっぷりの塩で茹でる) せっかくなので、生落花生は塩ゆでにしてみた。さや付きの生落花生500グラムに対して水は900CC、そこに塩を大さじ5杯入れ、火にかける。沸騰したら蓋をして45分茹でれば完成だ。思った以上に多くの塩を入れること、そして長時間じっくり茹でることがおいしく仕上げるコツだ。 (写真:落花生味噌) 生落花生の食べ方としては、落花生味噌も人気が高い。「味噌ピー」などとも呼ばれる。フライパンに油をひいて、渋皮付きの生落花生を焦がさないように弱火で15〜20分位ゆっくりと煎り、砂糖と味噌を入れ、豆になじんだら酒を入れれば出来上がりだ。 (写真:おおまさりの甘煮) 煮豆にもなる。渋皮の付いた生落花生をたっぷりの水に一晩漬ける。濁った水は捨て、新しい水で茹で、沸騰したらざるに上げる。これを3カップの水で、沸騰後、落としぶたをして約1時間半〜2時間茹でる。水分が減り、落花生が柔らかくなったら、砂糖を加え、さらに20〜30分煮込む。仕上げに塩を加えれば甘煮の出来上がりだ。落花生味噌も甘煮も落花生店で袋入りが売られているので、慣れない人は、出来合いを買って帰ろう。 (写真:ピーナッツバター(左)とピーナッツペースト) ピーナッツペースト、ピーナッツバターも煎り豆とは違う、落花生の味わい方だ。フライパンで熱した生落花生をフードプロセッサーで砕いたものだが、瓶入りで売っていることが多いので、それをバターのようにパンに塗って食べる。落花生だけで作ったものがピーナッツペーストで、それに甘みや塩味などを加えたものがピーナッツバターだ。 (写真:キャベツのピーナッツ和え) 地元では、直火で香ばしく焙煎した落花生を粉末にした粉末ピーナッツも料理に使う。キャベツやほうれん草を茹で、水気をじゅうぶんにとって刻んだら、そこに粉末ピーナッツ、しょうゆ、砂糖、さらに好みで塩を加えてよく混ぜる。これで野菜のピーナッツ和えの出来上がりだ。 (写真:落花生を飴で固めたせんべい) 千葉には様々なピーナッツ菓子があるが、そんな中でも「ピーナッツ太鼓」「轟太鼓」「落花小町」などのブランドで、落花生を飴で固めたせんべいをよく見かける。歯に粘り着くような飴と落花生の香ばしさが、けっこうやみつきになる。ただし、飴も落花生もカロリーが高いので、食べ過ぎには要注意だ。 (写真:様々な食べ方がある落花生) 落花生というと、お茶請けや酒の肴としてぽりぽりつまむイメージがあるが、新鮮な生落花生が手に入る生産地では、茹でて食べたり、調味料として使ったりと様々な食べ方がある。そんな産地ならではの食べ方に、八街で出合うのもいいだろう。夏の終わりから秋にかけて、生落花生のシーズンにぜひ訪れてみてほしい。