山奥で食べるハレの日の麺料理 富士川町十谷のみみ (トップ写真) 山梨県富士川町は、甲府盆地の南西部に位置し、日本三大急流の一つ、富士川に沿って集落が形成されている。富士川の水運を中心に物資や身延山参詣などの人々の交通の要衝として栄えた。西には源氏山や櫛形山など2000メートル級の山々がそびえ、そこを水源とす川が町内を横断、人々の生活を潤してきた。十谷はそんな源氏山に通じる山深い地域だが、山岳地帯の中継地として賑わい、石膏・銀・銅などの鉱山開発で古くから栄え、近年は温泉地としても知られている。そんな山深い十谷の郷土料理がみみだ。 (写真:富士川町十谷の郷土料理) 集落内は深い谷と急坂が続き、当然、稲作には適さない。米の乏しい地域に麦食が発達するのは世の常だ。しかし、みみは米の代用食というより、正月や結婚式など祝いの席で食べる「ハレの日」の食として受け継がれてきた。諸説あるが、源氏の武将が戦勝を祝って食したというのが由来との言い伝えも残されている。 (写真:三角形の麺) みみは、甲府盆地を中心とする国中地方を代表する郷土食・ほうとうの一種と考えていいだろう。打ち立ての生地を、生のまま汁で煮込み、味噌で味付けするのが基本だ。しかし、ほうとうとは違い、小麦粉を練った生地を小さな正方形にして、片側の二つの角をくっつけて三角にしたものを、野菜とともに煮込む。 (写真:農機具の「箕(み)」) 特徴的な三角のかたちが、農機具の「箕(み)」のかたちに似ていることから、耳と呼ばれるようになったと言われている。耳に形が似ていたからとの説もあるが、源氏の先勝を祝ったことから、「福をすくう」との意味を込めて「福箕」といわれ、それが転じてみみになったともいわれる。十谷では現在でも毎年、正月元旦の朝食には「みみ」を歳神様に供えてから家族で食べるという。 (写真:ふるさと体験施設「つくたべかん」) 十谷には、日本食の知恵を自身で体感する、ふるさと体験施設「つくたべかん」がある。ここでは、そのみみが常時味わえると共に、みみづくりを体験できる料理教室も開催している。事前に予約をすれば「お食事処みみの里」の奥に用意されたコーナーで、小麦粉からの生地作りから、みみづくりを体験できる。 (写真:中力粉にぬるま湯を注ぐ) 小麦粉は中力粉。水分はぬるま湯を使うと混ざりやすい。水は100グラム当たり40CCが基本。今回は400グラム練るので、160CCのぬるま湯を用意した。これをこね鉢の中力粉にかけ回す。フレーク状になるように手を合わせてこねてゆく。ぬるま湯と粉がよく混ざるように、全体的にひとかたまりになるまでこねる。 (写真:体重をかけてこねる) まとまってきたら、押し込むように体重をかけていき、300〜400回こねる。その日の天候によって、多少水分量が変わってくる。その場合、水分はこね鉢に直接入れるのではなく、手を濡らして調整していく。まとまらないからといって水を入れすぎると、伸すときに張り付いてしまう。繊細な水分調整が必要なのだ。 (写真:のし棒で伸ばす) まとまってきたら、のしだ。全体的に打ち粉を振ってのし棒で伸ばしていく。最初は端までのさず、1センチほど残しながらのし棒で伸ばしていくと最終的に全体が均一な厚さになる。この作業を、生地を90度ずつ角度を変えながらのしていくと正方形に近くなってくる。目指すのは正方形だ。ある程度の薄さになってきたら、さらに生地をのし棒を巻き付けながら伸ばしていく。隙間がないようにのし棒に巻き付けて、20回くらい手前に向けて押していく。これを縦横変えながら続けていく。 (写真:折りたたんで4センチ四方の正方形に切る) のし上がったら折りたたんで4センチ幅に切っていき、それをさらに4センチに切って4センチ四方の正方形にする。これで無数の4センチ四方の生地ができあがった。これを折るのが、ほうとうとの最大の違いだ。 (写真:二つの隅を折り合わせる) 折り方は正方形の中央に親指を当て、人差し指で上に出ている角を折る。そうすると三角錐のような形になるので、その三角錐の頂点を左手で折って、人差し指の部分と合わせてぎゅっと握る。これで「箕」のかたちができあがる。枚数が多いので、けっこう時間がかかる。この手間が「ハレの日の食」の背景にあるようだ。 (写真:みみの完成) ほうとうの一種なので、これをだしに直接入れて煮込む。だしは煮干しだ。加える野菜は、大根やニンジン、ゴボウ、しいたけなど。季節の野菜を根菜を中心にい入れていく。茹で時間は、だしの沸騰を待ってから7分。茹でる間に、小鉢に味噌をとり、だしを注いで溶いておく。茹であがりの1分前に、これを投入すればできあがりだ。 (写真:沸騰しただしでみみを煮込む) 素朴な食材ばかりだが、それだけに優しい味わいだ。特に、みみの食感がいい。麺のように単調ではなく、折られていない部分と折り重なった部分の食感が微妙に違うのだ。この食感の違いが美味しさの秘訣と言っていいだろう。優しくとろけるような部分と、アルデンテのような食感の部分とが同時に味わえるのだ。 (写真:最後に味噌で味付けて完成) みみ作り体験は予約制だが、「お食事処みみの里」では、営業時間内であればいつでもみみが食べられる。さらに「道の駅富士川」やドライブインなどでもみみが提供されている。もちろん、お土産用のみみも買うことができる。身延山や佐野川温泉など、お近くへ出かける際には、一度食べに立ち寄ってみてはいかがだろうか。