シンプルなのに個性豊か 宇都宮やきそば (トップ写真) 栃木県ではやきそばが好んで食べられている。県南では栃木などで、ふかしたジャガイモの入ったポテト入り焼きそば、県北の那須ではスープ入り焼きそばが知られている。もちろん県庁所在地・宇都宮でもやきそばは市民にとても人気がある食べものだ。 (写真:宇都宮はやきそば専門店が多い) その証拠に、宇都宮市内にはやきそばの名店が多数あり、一説には50店を超えると言われている。しかも、食堂の1メニューではなく、やきそば専門店が結構多いのだ。その背景にあるのは、一つは駄菓子屋の文化。学校など子供が多く集まる地域には駄菓子屋があり、その店の中には鉄板が置かれ、そこでやきそばが焼かれていた。また、関東圏では比較的ソース好きという背景もある。 (写真:駄菓子屋で焼そばを食べる) ただ、ラードの絞りかすである肉かすと歯ごたえのある蒸し麺が特徴の静岡・富士宮や挽肉、目玉焼きに福神漬けを添える秋田・横手のような、明確に共通したスタイルあるわけではない。店によって、それぞれ特徴がある。概して言えば、キャベツのみなどシンプルな食材構成や、店内ではなく、持ち帰って自宅で食べることが多いなどが、宇都宮やきそば各店の共通点と言える。 (写真:全国的知名度を誇る「石田屋」) 実際に、宇都宮のやきそばを食べてみよう。ますは宇都宮のやきそばと言えば「石田屋」を第一に上げる人が多いだろう。全国的知名度を誇る宇都宮のやきそばの名店だ。戦後の創業で、昭和から平成、令和と宇都宮の人に愛され続けてきた。訪れた日も、開店30分前の到着にもかかわらず、すでに先客があり、開店直後に満席となった。 (写真:濃い茶色をした深蒸し麺) 麺は濃い茶色をした深蒸し麺だ。冷蔵庫が普及していなかった時代からの名残と考えられる。炒めるのはフライパンではなく鉄板だ。各地のやきそばを観察すると、青森・黒石のようなフライパンを使うまちと、静岡・富士宮や秋田・横手のように鉄板を使うまちに大別される。鉄板を使うまちでは、たいていそのルーツは駄菓子屋にある。 (写真:「石田屋」はハム入りも) 「石田屋」というか、この後訪れた店もそうだったのだが、宇都宮の場合、鉄板の温度があまり熱くないようだ。富士宮などでは、派手な焼き音とともに、鉄板からは盛大に湯気が立ち、ソースの焼けた香ばしい香りが漂ってくる。しかし「石田屋」では、湯気も音も香りもない。じっくり時間をかけて、まるで麺を温めるかのように炒める。 (写真:石田屋特製ミックス、麺の上に具をトッピング) もう一つの特徴としては、同じ鉄板で炒めるにもかかわらず、麺と具を一緒にしないのだ。麺は麺で炒め、キャベツはキャベツだけで炒め、肉も同様。焼き上がると、それを鉄板の上で明確に区分けておく。目玉焼きは、焼いたものが鉄板脇の容器の中に積まれていた。 (写真:最もシンプルな野菜) メニューは、最もシンプルな野菜のみから、すべての具材が入る石田屋特製ミックスまで、肉、ハム、卵、野菜の組み合わせになる。つまりは、鉄板の上で区分けておいた各種具材を盛り付ける際に、皿の上で合わせるのだ。なので、違う注文が続いても、注文順に提供できるという塩梅だ。ちなみに、添えられるのは紅生姜ではなく、がりだ。 (写真:ソースは後がけ) そして最大の特徴が、ソース後がけ。鉄板上での味付けはだしのみだ。食べる人の好みで、配膳されてからソースをかけて食べる。自分好みの味付けで食べられるというだけでなく、鉄板が焦げ付かないので、ひと焼きごとに鉄板をきれいに掃除する手間もかからない。実に、効率的なシステムなのだ。 (写真:持ち帰りはビニール袋で) また、宇都宮やきそばの特徴としては持ち帰りが上げられる。店ではなく、焼き上がったやきそばを自宅に持ち帰って食べるのだ。この持ち帰りも実に効率的で「石田屋」では透明なプラスチックパックではなく、ビニール袋に詰めてくれる。これに後がけ用のソースがつく。 (写真:「やきそば安藤」) 「石田屋」が、宇都宮やきそばの「表の顔」とすれば「裏の顔」ともいえる存在が「やきそば安藤」だ。通称「看板のないやきそば屋」。看板もなければ、暖簾にも「やきそば」の文字すらない。この佇まいにして、宇都宮最大の繁華街・オリオン通りの目と鼻の先にある。 (写真:やきそば並盛り250円) メニューは、1種類のみ。キャベツが入るのみだ。しかも、注文すれば、キャベツなしにもできる。究極のやきそばだ。麺はかなりの太麺で、おそらくゆで麺だろう。たっぷりの脂をまとっていて、肉が入っていないにもかかわらず、結構コクがある。脂っこささえ感じるほどだ。 (写真:たっぷり脂をまとった太麺) しかも並盛りで250円という超破格な価格設定だ。「石田屋」同様、「やきそば安藤」もひっきりなしに客が訪れる。そして、テイクアウトが多い。やはりキャベツと麺は別々に炒める。ただし、味付けは調理段階でソースがかけられており「ソースは味見をしてから。」との注意書きがテーブルにあった。 (写真:「やきそば・もんじ かみやま」) さらにもう1軒「やきそば・もんじ かみやま」も訪ねた。前出の2店とは違い、繁華街からは離れた住宅街の中にある。しかも、やきそば専門店ではなく、もんじゃとのダブルメニューだ。そして、店内にはもんじゃ用にテーブルごとに鉄板がしつらえられているとともに、壁の棚にはずらり駄菓子が並んでいる。まさに駄菓子屋のやきそばだ。 (写真:左が焼そば、右は焼そばもん) 「やきそば・もんじ かみやま」で注目したいのは、焼そばもんじだ。メニューには焼そば、焼き上がりを食べるもんじ、自分で焼くスペシャルもんじに加えて、焼そばもんじなるものが掲げられていた。試しに頼んでみると、深蒸し麺のやきそばの上に、ちょっと粘度高めに焼き上げられたもんじゃ焼きがのせられていた。 (写真:麺にもんじゃ焼きがへばりつく) どちらも鉄板焼きなので、もんじゃ焼きを扱う店の多くにはやきそばもあるが、この2つを合わせたものは、これまでお目にかかったことがないように思う。しかも、これが実にうまいのだ。麺にへばりつくような濃厚なもんじゃ焼きには、思わずビールがほしくなった。 (写真:「石田屋」は紅ショウガではなくがり) シンプルでお手頃価格が特徴の宇都宮やきそば。宇都宮というとどうしても餃子に気を取られがちだが、味や店の雰囲気も含めて、なかなか捨てがたい魅力がある。店ごとの個性もあり、改めて宇都宮へやきそばの食べ歩きにでかけたいと考えている。