口の中で氷がほどける 日光の天然氷 (トップ写真) 電気冷蔵庫ができる以前、夏の氷は非常に貴重なものだった。寒冷地には、氷室といって、冬の間に氷や雪を貯蔵することで冷温貯蔵庫として機能する専用施設が作られ、冬の間にできた氷を夏まで大切に保存してきた歴史がある。冷凍技術の発達で、それも廃れてしまい、今では氷室は全国に5カ所しかないと言われている。そんな残存する氷室のうち3つが栃木県にあり、天然氷特有の柔らかい食感を求めて、夏には多くの人が訪れる。 (写真:ゆっくり凍らせると氷は透明になる) 夏になると自宅でかき氷を作る家庭も多いだろう。よく知られた話だが、家庭で、冷凍庫の氷で作るかき氷は、専門店で食べるかき氷に比べて明らかに味が劣る。その原因は急速冷凍にある。冷凍庫で作る氷が白っぽいのに対し、氷屋で見かける氷は透明だ。これは、水の中に含まれる不純物を含んだまま凍結することによって起こる。 (写真:氷が繊維状に削れる) では、不純物を取り除くにはどうすれば良いか。ポイントの一つは、大きな氷をゆっくりと凍らせることだ。ゆっくりと凍らせることで不純物は、凍っていない水の部分に濃縮される。すべて凍らせるのではなく、不純物が濃縮された凍りきらない水を取り除きながら凍らせていけば、氷屋のあの透明な氷ができあがる。 (写真:粒ではなく繊維のような文様に) 気温の下降によってできあがる天然氷ならば、氷屋の氷よりもさらにゆっくりと凍っていくことになる。しかも池や湖など巨大な「製氷器」を使うため、常に凍りきらない水が残っている。そもそもの水質が高ければ、不純物は基本的には天然氷の中には残らないということになる。特に日光は、気温がマイナス5度前後で、雪が少なく、清浄で美味しい天然水に恵まれていたことから、氷室が多く作られた。 (写真:「四代目徳治郎」直営の「カフェ・アウル」) 実際に日光を訪れ、天然氷のかき氷を食べてみよう。まず訪れたのは、現存する3つの氷室のうちのひとつ「四代目徳治郎」直営の「カフェ・アウル」だ。日光霧降高原のチロリン村内に店舗を構える。市街地から少し離れた場所にあり、落ち着いた雰囲気で、しかも野外で日光天然氷のかき氷が味わえる。 (写真:プレミアムいちごミルク) 選んだのは栃木県産のいちご・なつおとめを使ったプレミアムいちごミルク。なつおとめは地元・日光の戦場ヶ原で作られた夏いちごだ。実は栃木を代表するいちごの品種であるとちおとめも本来の旬は夏なのだそうだが、なかなか夏には出回らないという。そんななつおとめの果実感そのままにシロップにしてある。 (写真:かんなくずのよう) 天然果実から作ったシロップの美味しさはもちろんだが、一番驚かされたのが、氷そのものの柔らかさだ。そもそも天然氷は機械製氷に比べて柔らかいと言われているが、天然氷を氷室から出し、やや溶け始めてきたようなタイミングで削ったに違いない。細かい粒子ではなく、氷がかんなくずのように繊維状になっているのだ。 (写真:口に入れた途端にすっと氷がとろけていく) スプーンで氷をすくい、口の中に入れた途端にすっと氷がとろけていく。口の中で氷がほどけていく感触がたまらない。あまりにソフトな食感、柔らかい冷たさに、頭が痛くならないのはもちろん、虫歯さえ痛まないほどだった。食後には、なんとも清々しい冷涼感が残った。 (写真:大行列の「かき氷処蔵元松月氷室」) 続いて訪れたのが、日光市旧今市市の中心市街地にある「かき氷処蔵元松月氷室」。かつては、木製の古い冷凍庫が置かれていたり、いかにも老舗の氷室を感じさせる店構えだったが、昨年リニューアルし、カフェのようなお洒落なお店に変身した。市街地にあり、駅から近いこともあり、とにかく行列がものすごい。 (写真:「松月氷室」のみぞれ) リニューアルで、店頭には自動の整理券発行機が設置された。8月初旬の日曜日に訪れたが、開店時間の11時ちょうどに訪れたところ、ピーク時とあって開店時間が10時に早まっており、整理券番号は何と88番目だった。最新式の整理券システムで、入店時間が近くなると自動で電話がかかってくるようになっており、店から一度離れて待つことになる。ちなみにこの日、入店までにかかった時間は2時間だった。近くに道の駅などもあり、観光して時間を潰す必要がある。 (写真:カチカチの氷) 天然氷の味を確かめるべく、シロップはいちばんシンプルなみぞれを選択した。柔らかい甘さで、氷の食感を楽しめる。大混雑が故だろうか、「カフェ・アウル」にくらべてカチカチの氷だった。氷は雪状の細かい粒子で、しばらくたってもカチカチのままだ。食べ進むうちに頭が痛くなり、食後には虫歯がうずいた。とにかく冷たいのがいい、という人向けだろう。 (写真:「日光さかえや」) 残る一つの氷室「三ツ星氷室」には直営店はないが、東武日光駅目の前にある「日光さかえや」で「三ツ星氷室」の天然氷を使ったかき氷が食べられる。「日光さかえや」は、日光名物の揚げゆばまんじゅうのお店だが、抜群のロケーションでかき氷も食べられる。 (写真:かき氷いちご) 開店時間は朝9時半だが、かき氷の提供は10時からだ。朝一番、最初のかき氷だったにもかかわらず、見事なまでに溶ける寸前の氷だった。たっぷりいちごシロップがかかっていて、スプーンですくって口の中に入れた瞬間、さっととろけていく。見事なまでのとろけるかき氷だった。 (写真:どんどん溶けていく) もう凍っているギリギリの状態という感じで、スプーンを刺すとすぐに崩壊してしまうほどだ。抜群の柔らかさだが、半面、速く食べないと、カップの上でどんどん溶けてしまう。これこそが天然氷のかき氷の醍醐味とは思うものの、ちょっと慌ただしい気さえするほどだ。 (写真:温度管理次第でかき氷の味は大きく変わる) もちろん直営店以外の多くの店でも、氷室の天然氷をかき氷にして出す店は多い。ただ、わざわざ日光まで足を運んでまで食べるのであれば、やはり天然氷らしさを味わえる店で食べたいところだ。日々の気温の変化などもあり、氷の温度管理次第でかき氷の味は大きく変わってしまう。そうした点もチェックながら、よりよい店を選んで食べてほしい。