ほんのり甘い夏のきのこ 栃木のちたけそば (トップ写真) 日本人は、きのこ好きだ。「香り松茸味しめじ」などと言われ、様々なきのこを美味しく食べる術を身につけている。椎茸やエノキダケなど、広く全国で食べられているきのこが多い中で、ほぼある特定の地域だけで好んで食べられているきのこがある。栃木県のちたけだ。 (写真:ちたけ) ブナ科の林に群生するちたけは、ちちたけとも呼ばれ、傷をつけると白い乳液を滴らせることからその名が付いた。中型のキノコで、食感はぼそぼそしており、人によっては好き嫌いが分かれ、多くの地域で食用として認知されていないが、栃木県では非常に人気が高く、きのこ狩りで遭難者が出るほどの人気だ。その独特の白い液からは、深いコクと香り高いだしが取れることから、そばやうどんの具として、江戸時代から栃木県内で愛され、数多く食べられてきた。 (写真:干したちたけ) その旬は、きのこのトップシーズンである秋に先立つ8月ごろで、栃木県ではお盆の時期に食べるものとされている。主に平野部の山林、自然豊かな里山地帯で多く採れたが、現在は自然環境の変化などで収穫量、流通量は減少している。生のちたけだけでなく、水煮や干して保存され、旬以外でも栃木県内ではちたけを食べられる。 (写真:ちたけとなすの油炒め) 夏のきのこであるちたけは、夏野菜のナスとの相性がいい。代表的な料理としては、ちたけとなすの油炒めがある。ちたけを大きめに切り、塩水に浸し水分を切る。ナスは一口大の小口切りにし、塩水に浸してアクを抜いてく。ちたけを炒めて香りを出した後、ナスを加えよく炒めて、だし汁、しょうゆ、みりんを加え、炒め煮にしたものだ。 (写真:栃木の夏の味ちたけそば) そして、栃木のちたけ料理の圧倒的なエースがちたけそばだ。ちたけは小さいものはそのままで10分ほど塩水に浸す。ナスも切ったあと塩水に5分ほど浸してアクを抜く。油を熱した鍋に水気を切ったちたけとなすを入れよく炒め、だし汁を入れて調味料を加え軽く煮る。そばやうどんを丼に入れて、ちたけ汁をかけ、薬味をのせればできあがりだ。 (写真:栃木市内にある「ちづか」) 実際にちたけそばを食べてみよう。まず訪れたのは、県南・栃木市にある「ちづか」だ。基本となるのは、ちたけ汁そば。石臼挽きのそば粉を使った手打ちそばを、温かいちたけを使ったちたけ汁につけていただく。その汁は、ナスとちたけを炒めたものを、しいたけの戻し汁に似た優しい風味のちたけのだしと合わせて、しょうゆと砂糖で味付けしたものだ。野菜やきのこの入った温かい汁にそばやうどんを浸すのは、埼玉県にも通じるスタイルだ。 (写真:「ちづか」のちたけ汁そば) ちたけはおそらく干したものを水で戻したものだ。それが、汁にコクを与える。品薄ということもあり、ちたけの量は限られているが、確かに食感はややぼそぼそしているが、やや甘いこともあり、他のきのこにはない味わいがある。何より、ナスとの相性が良く、むしろ、ちたけをだしに、茄子をおかずにして食べるといった感覚だ。 (写真:「ちづか」のちたけそば) ちたけそばは、つけ汁ではなく、スープスタイルで食べるものだ。つけ汁よりも味付けが薄い分、ちたけのだしがより美味しく味わえる。とはいえ、干ししいたけほどの強いうまみはない。ほんのりと甘い、なんとも上品な味わいだ。それが、スープをすするよう、脳を促す。 (写真:小山市内にある「そば処いわかみ」) もう1店舗、ちたけそばの味を確かめてみた。茨城県と県境を接する小山市にある「そば処いわかみ」を訪ねた。人気店のようで、ランチタイム終了直前のタイミングにもかかわらず、店頭には空き席待ちの行列ができていた。地元産そば粉を100%使ったそばが人気だという。 (写真:「そば処いわかみ」のちたけそば) 同店のちたけそばは、つけ汁スタイル。そばの他にうどんもあったので、合わせて注文してみた。ちたけは明らかに生だ。ぼそぼそ感は確かにあるが、干したきのこを煮るとたっぷりと水分を含み、噛むとそれがじゅわっとあふれ出てくる感覚があるが、生だとそれがない。きのこそのものの味と食感をダイレクトに味わえる。やはりほんのりとした甘みが特徴だ。 (写真:油たっぷりのつけ汁) 最大の特徴はつけ汁のコク深さ。その背景にあるのが油の存在感だ。ちたけの友であるナスは揚げナスだろうか、たっぷりと油を含んで、ほろほろに柔らかくなっている。この油たっぷりのナスが、つけ汁全体をよりパワーアップさせている。ちたけの、甘さ、だしのほんのり感をきちんと残しつつ、油が全体のパンチを明らかに上げている。 (写真:うどんとの相性が抜群) それが、あっさりのそばと合わさることで、独特の美味しさを創り出す。そして、うどん。生麺だろうか、平打ちの細麺が、油たっぷりのつけ汁に非常に良く合う。そばは手打ちだが、うどんは手打ちではないとのことだったが、独特のもちもち感があり、そばよりもむしろ相性がいいとさえ思った。 (写真:運が良ければ生ちたけも) 日光にある「きのこ総合センターきのこの杜」に行けば、乾燥ちたけも買うことができる。温めて麺にかけるだけでちだけそばができあがるちたけそばの素や水煮も売っていた。さらに、旬の時期なら希少な生のちたけも手に入れることができる。きのこそば・うどんは数多いが、ちたけに至ってはほぼ栃木県でしか食べられないだろう。きのこそばがお好きなら、栃木県を訪れた際には、せっかくなのでぜひ、ちたけそば・うどんを食べてみてはいかがだろうか。