「抜き」や酒のつまみにも 我孫子駅の唐揚げそば (トップ写真) 千葉県の北西、茨城県との県境・利根川に面する我孫子は、数ある東京のベッドタウンの一つだ。日中は都心の地下鉄千代田線から走ってくる常磐線各駅停車の終点となるJR我孫子駅ホームにある駅そばの看板メニューが、このまちのソウルフードと呼ばれている。「弥生軒」の唐揚げそばだ。 (写真:山下清画伯ご推奨) 「弥生軒」は現在、JR我孫子駅、そして我孫子の一つ先、利根川を渡る直前、千葉県内最後の駅となるJR天王台駅で営業する駅そばの店だ。1928(昭和3)年に、我孫子駅で販売する駅弁の製造からスタートする。戦中から戦後にかけて、山下清画伯が勤務していたことで知られ、後に画伯が、弁当のラベル用に絵を描き下ろしている。 (写真:最も営業時間が長く売り上げも多い我孫子駅1・2番線の6号店) 立ち食いそば店は1967(昭和42)年に営業をスタート。1982(昭和57)年に東北新幹線が開業すると、常磐線の長距離列車が激減、これに伴い駅弁から撤退、現在は駅そばが本業になっている。かつては、総武線JR津田沼駅に隣接する新京成(現京成松戸線)新津田沼駅構内、五香駅前にものれん分けの店があったがすでに閉店。まさに地元・我孫子ならではの名物料理となっている。 (写真:まさに「げんこつ大」) 唐揚げそばの特徴は、「げんこつそば」とも呼ばれる特大唐揚げだ。唐揚げそばの歴史は意外に浅く、平成になってから登場している。常磐線の長距離列車の衰退が駅弁消滅のきっかけになった半面、常磐線の通勤路線化が唐揚げそばの背中を押した。そもそも駅弁からスタートしたため、ホームに売店があり、さらに我孫子駅は成田に向かう成田線への乗換駅で、乗り継ぎの電車を待つ間に小腹を満たすニーズに合致した。 (写真:駅のすぐそばにある本社工場) 大きな唐揚げで知られるようになった「弥生軒」の駅そばだが、実はそばもつゆも自家製というこだわりのそばでもある。我孫子駅南口を出てすぐ、駐輪場のあるビル、ガラスに「合名会社弥生軒」と書かれた1室が本社工場になっている。ここで、調理した食材を駅ホームへと搬入して販売しているのだ。 (写真:搬入は台車を使って徒歩で) つゆは、かつお節でだしを取る。麺も自家製麺だ。製麺機で打ってゆで麺にしてからホームへ搬入する。唐揚げや天ぷらもできるだけ揚げたてを維持できるよう、数時間おきに揚げてホームに届けているという。駅そばながら、手間を惜しまず調理している点が、人気の秘密なのだろう。 (写真:唐揚げ2個もレギュラーメニュー) さっそく、唐揚げそばを食べてみよう。券売機で食券を買うのだが、ボタンは「唐揚げ(1ケ)そば」「唐揚げ(2ケ)そば」がある。かなり大きな唐揚げだが、わざわざ「2ケ」のボタンを用意しているということは、それだけ2個のせのニーズが高いということなのだろう。ちなみに、唐揚げ単品のボタンも「1ケ」「2ケ」と2種類ある。2個に限らず、単品を追加して3個4個とのせる猛者もいるという。 (写真:唐揚げ2個は麺が見えない?) とりあえず、2個のせのボタンを押す。駅そばだけに調理は迅速だ。そばを湯煎して丼に盛り、つゆを注ぎ、その上に大きな唐揚げをトングでのせる。最後に薬味のネギを散らせば完成だ。見るからに食べ応えがありそうだ。好みで、テーブルに用意された七味唐辛子をかけて食べ始める。 (写真:そばつゆとの相性もいい) すぐ近くの工場から揚げたてを運んでくるとはいうものの、時間によっては揚げてから時間が経ってしまうことも多い。油が回ってしまわないようにするためだろうか、けっこう高温で揚げているようだ。衣の深い色にもそれが現れている。とはいえ、衣は意外にもソフトな食感だ。そばつゆとの相性もいい。 (写真:ずっしりと重たい) 箸でつまむと、結構な重量だ。ちなみに計量してみると115グラムもあった。ひと口かじると、思いのほか衣も肉も柔らかい。肉はほぐれるようで、とても食べやすい。とはいうものの2個の唐揚げだけで230グラムもあるのだから、相当胃袋にはこたえるボリュームだ。 (写真:1個115グラム) 自家製のつゆもしっかりカツオの出しが効いていて美味しい。そばもさすがは自家製だ。唐揚げが一番人気だが、そばとつゆがしっかり美味しいだけに、駅そばの定番である天玉やシンプルに月見やかけでも存分にその魅力が味わえる。 (写真:唐揚げ単品はつゆ入り) そしてさらに、唐揚げをそばつゆにしっかりと浸して食べると、さらに美味しさが膨らむ。ちなみに単品の「唐揚げ」を注文するとそばのどんぶりに唐揚げ1つを入れ、そばつゆをかけて提供してくれる。ボリューム満点の唐揚げだけに、そば抜きで食べることも可能というわけだ。 (写真:テイクアウトで酒のつまみにも) もちろん、持ち帰りも可能だ。持って帰って、自宅で酒のつまみにするのだ。しっかり下味が付いているので、酒も進む。こうしたそばに限らず、つゆ浸しから揚げや酒のつまみでも多彩に楽しめる点が、我孫子のソウルフードと呼ばれる所以だろう。常磐線に乗る機会が合ったら、ぜひ一度、ホームで唐揚げそばをすすってみてほしい。