職人のこだわり、気候風土を味わう 国産生ハムフェスティバル (トップ写真) ハムやソーセージ、ベーコンなど加工肉は、そもそも冷蔵技術が発達する以前、手に入れた肉をより長く保存して食べ続けるために編み出されたものだ。塩蔵や燻蒸により保存性を高める手法は、一方で、生の肉にはない独自の美味しさも編み出した。それが故に、冷蔵をはじめとする保存技術が飛躍的に発達した現在でもなお、加工肉は愛され続けている。 (写真:表面にラードとコメ粉を合わせたものを塗る) ソーセージやベーコンは、江戸時代や明治初期、日本に肉食文化が広がると共に国内に普及していったが、一方で、加工肉の中でも、熱処理を加えず、長い時間をかけてじっくりとうまみを熟成させる生ハムは、なかなか日本では普及してこなかった。生ハムの本場はイタリアやスペインで、日本で生ハムが普及するのは、1982年に食品衛生法が初めて生ハムを定義、96年にイタリアからの生ハム輸入が解禁になってからと、わずか30年ほどの歴史しかない。 (写真:全国各地の国産生ハムが一堂に) 本場のヨーロッパはもちろん、生ハムは、その時間をかけてじっくりと作る製法から、大規模な工業生産に適さず、原料や加工法、さらには熟成させる工房の気候風土の影響を受けやすく、生産者や生産地の特色が出やすい。それだけに、ナショナルブランドの加工肉にはない味の違いを楽しめることから、近年では日本国内でも生ハムの人気が広がっている。 (写真:豚もも肉を塩漬けし、乾燥・熟成させる) ハムは、豚や鶏のもも肉を塩漬けにしたものと定義されている。塩漬けされた肉を燻蒸・湯煮したハムとしては、骨付きもも肉をそのまま使った骨付きハムと骨を抜いたボンレスハムがある。一方で生ハムは、多くの動物の腸内に生息し、中毒の原因となる細菌の一種であるカンピロバクター菌が乾燥に弱いという特徴を利用し、燻蒸・湯煮することなくハムに仕上げたものだ。 (写真:生産地の風土と地の利を生かす) 国産の生ハムの大半は、豚肉を加工したものだ。その製法は、まず肉の血管内に残っている血を押し出し、塩をすり込む。数日後に塩を洗い流し、塩と種こうじを混ぜたものをまぶして低温熟成させる。これを乾燥させると、肉の表面にこうじの白いカビに覆われ、肉のたんぱく質がうまみに変化する。その後、表面のカビを洗い流し、数時間乾燥させた後、肉の表面にラードとコメ粉を合わせたものを塗る。この過程はほぼ1年かかり、この後、さらに熟成を重ねることもある。 (写真:カット次第で味の印象が大きく変わる) 完成まで1〜2年もかかるため、食材本来の持ち味や加工法はもちろんのこと、温度や湿度、昼夜の寒暖差など、長期熟成させる間の気候変化もその味に大きく影響する。今回岩手県紫波町で開催された「国産生ハムフェスティバルVol.9」では、北海道から九州まで、20軒の生産者が集結したが、それぞれにそれぞれの美味しさ、持ち味があった。 (写真:スライサーを使って極薄にカット) 今回食べ比べをして驚かされたのは、カット次第で味の印象が大きく変わるということ。厚めにカットすれば、肉本来が持つ歯ごたえが楽しめると共に、かみ続けることによって長期熟成によって育まれたうまみを存分に味わえる。一方で、かんなくずのようにごく薄くスライスすれば、とろけるような食感になり、塩味もまろやかになる。それぞれの生産者が、自らの生ハムに最適のスライス方法を考えているようだ。 (写真:「肉のふがねの岩手そらくもポークの生ハム) 今回出店した20の生産者をエントリー順に紹介しよう。まずは、岩手県岩手郡岩手町「肉のふがねの岩手そらくもポークの生ハム。「肉のふがね」は、日本国内の飼育頭数がわずか1パーセント以下の希少種「いわて短角和牛」を使ったいわて短角和牛の生ハム「セシーナ」で、にっぽんの宝物世界大会でグランプリに輝いた。今回は「肉のふがね」オリジナルブランド豚「岩手そらくもポーク」で生ハムを手がけた。 (写真:「グランビア」のグランビアの生ハム) 続いて、秋田県仙北市田沢湖高原「グランビア」のグランビアの生ハム。生産者の金子裕二氏は、1998年以来毎年生ハム塾を開催、そのノウハウを余すところなく公開する国産生ハムの伝道師だ。スペインの生ハム、ハモン・セラーノに触発され、スペイン・マドリードと同じ緯度の秋田県田沢湖で、秋田の気候に合わせて編み出した味だ。 (写真:「育風堂精肉店」のはもんみなかみ) 群馬県みなかみ町「育風堂精肉店」のはもんみなかみは、地元の銘柄豚・ぐんま麦豚を、みなかみ町の風土、気候を生かして作られた12カ月熟成の本格生ハムだ。きめ細かい油脂が甘く溶け出し、かめばかむほどナッツに似た甘みとチーズのようなうまみが口の中に広がる。 (写真:「プロシュッテリア・モリモト」のプロシュット・ディ・ヤツガタケ) 山梨県北杜市の「プロシュッテリア・モリモト」のプロシュット・ディ・ヤツガタケは、八ケ岳の冷涼な気候を生かした完全無添加の生ハム。2009年から生ハム作りを始め、スライス仕立てに強くこだわり、ナッツを思わせるような深い香りと、口の中でとろけるような食感が人気だ。 (写真:「ぐるめくにひろ」のプレミアム・プロシュート) 東京都杉並区の「ぐるめくにひろ」のプレミアム・プロシュートは、鹿児島県産黒豚を沖縄県石垣島の塩、オーストラリアの湖塩で仕上げた。イタリア・パルマの生ハム工場で聞いた「パルマの生ハムは、パルマの風がつくる」との言葉に触発されて編み出した、日本ならではの生ハムだ。 (写真:「porco軽井沢」のporcoの生ハム) 長野県北佐久郡御代田町「porco軽井沢」のporcoの生ハムは、信州豚を燻塩を使い18カ月熟成させた。塩だけで熟成させた、安全・安心の生ハムだ。甘みのある脂と濃厚な香りに、ほんのりしょうゆのような香ばしさが特徴。ワインはもちろん、日本酒にもよく合うという。 (写真:「五十嵐ファーム」の山のハム) 山形県鶴岡市「五十嵐ファーム」の山のハムは、自家養豚のあつみ豚が特徴。養豚から出る糞尿を肥料として発酵させ、稲作とアスパラガスを栽培、それをさらに自家配合飼料として豚に与える循環型農業に取り組む。そうして生産した豚肉を海塩で生ハムにした。 (写真:「八ケ岳トロバール」のマンガリッツァ豚のジャンボン・クリュ) 長野県茅野市「八ケ岳トロバール」のマンガリッツァ豚のジャンボン・クリュは、フランス料理のシェフでもある職人が、医療機器会社社長とコラボして開発した。生ハムに合う最高級の静岡県産マンガリッツァ豚を、徳島産渦塩とともに、八ケ岳の豊かな気候を生かし、医療業界で培った知識をもとに生ハムに仕上げた。 (写真:「シャルキュティエ田嶋」の月と時のハム) 佐賀県藤津郡太良町「シャルキュティエ田嶋」の月と時のハムは、佐賀・長崎県産の豚 肉と五島灘の塩という地元食材を使って仕上げた。地元・太良町は養豚が盛んで、戦後から町の規模に比べ豚肉専門店が多く、豚肉の消費量も多かった。そんな豚の美味しさを知り尽くした町が育んだ生ハムだ。 (写真:「ジャンボン・ド・ヒメキ」のJamboNat Chiyo 2023) 長野県長和町姫木平「ジャンボン・ド・ヒメキ」のJamboNat Chiyo 2023は、かつて盛んに食べられていた中ヨークシャー種を復活させた千代幻豚をオーストラリア・デボラ湖のオーガニックソルトで生ハムに仕上げた。熟成に30カ月以上かける、手の込んだ生ハムだ。 (写真:「ベルプレ白馬」の白馬プロシュート) 長野県白馬村「ベルプレ白馬」の白馬プロシュートは、長野県内および周辺地域で育てられたなごみぶたを海塩を使い、18カ月熟成させた。北アルプス・白馬の麓にある工房は、冬が長く冷涼で乾燥した気候で、生ハムの発酵・熟成に理想的な環境だ。 (写真:「おおわに自然村生ハム工房」のあおもり生ハム) 青森県南津軽郡大鰐町「おおわに自然村生ハム工房」のあおもり生ハムは、廃校となった旧大鰐第三小学校の校舎で、塩のみでゆっくり時間を掛けて作られた。豊かな自然の左右に川が流れる高台で、通気性を保ち、1〜2年、乾燥・熟成させた生ハムだ。 (写真:「柴田畜産」のあっぷるとんの生ハム) 秋田県横手市「柴田畜産」のあっぷるとんの生ハムは、果物の生産が盛んな横手で廃棄される規格外のりんごを食べさせて育てたあっぷるとんを海塩で生ハムに仕上げた。鳥海山から吹き降ろす冷風と自然の力でゆっくりと熟成した生ハムは、ほど良い塩気と優しいながらパンチのある深みと甘味のある味わいが特徴だ。 (写真:「東北ハム鶴岡第2工場」の庄内プロシュート・ノービレ) 山形県鶴岡市「東北ハム鶴岡第2工場」の庄内プロシュート・ノービレは、地元庄内産の骨付きもも肉と日本海の海水を汲み上げゆっくりと釜で炊いた数種類の海水塩を工程ごとに使い分けて作る。果物の様なフレーバーをまとう優しい味わいの、口どけの良い生ハムだ。 (写真:「カルネ・ジャパン」のハモン・デ・ビワコ) 滋賀県近江八幡市「カルネ・ジャパン」のハモン・デ・ビワコは、明治時代から近江牛一筋の精肉店が作る生ハムだ。温暖な気候で、生ハム造りには不向きな関西ながら、冷蔵庫・熟成庫を活用、温度・湿度管理を徹底することで美味しい生ハムに仕上げた。 (写真:「鶴岡プロシュート」のプロシュート・クルード鶴岡) 山形県鶴岡市「鶴岡プロシュート」のプロシュート・クルード鶴岡は、庄内豚を原料に、日本海産の海水塩を使用。スライサーで薄く均一にカットすることで塩味を目立ちづらくし、雑味の少ないうまみと、柑橘を思わせるフルーティーな香りが特徴だ。 (写真:「サルメリア池田」のかりや生ハム) 愛知県刈谷市泉田町「サルメリア池田」のかりや生ハムは、兄弟だけの「一腹飼い」にこだわり、ストレスを与えないよう約170日間大切に育てられた愛知県南知多産さくらポークを原料に、八丁味噌など発酵食品で知られる土地の風土と地の利を生かした生ハムだ。 (写真:「草壁ハム製作所」の小豆島発酵ハム) 香川県小豆島町「草壁ハム製作所」の小豆島発酵ハムは、地元産の小豆島放牧豚を瀬戸内の塩と小豆島のしょうゆ麹菌と白カビで乾燥熟成させ、仕上げには小豆島特産の無濾過オリーブオイルをコーティングし、19カ月熟成させたもの。ワインだけでなく、日本酒に合う生ハムだ。 (写真:「北一ミート」のサッポロクラフト生ハム) 北海道札幌市「北一ミート」のサッポロクラフト生ハムは、余市のワインを飲んで、適度なアルコールとポリフェノールで健康的に育った豚肉が原料。帯広畜産大学との協業で、保水能力が高く、18〜24カ月以上の長期熟成に適した生ハム作りに取り組む。 (写真:「Minenohara Crafts」のAs Neco Ham) 長野県須坂市峰の原高原「Minenohara Crafts」のAs Neco Hamは、昨年12月にペンションの一部を改装した生ハム工房で、商品化に向けて熟成中の生ハムだ。「四阿山(あずまやさん)と根子岳(ねこだけ)の中腹に位置する峰の原高原の気候を生かして作るハムを目指す。 (写真:多くの来場者でにぎわった今年の国産生ハムフェスティバル) 来年10回目を迎える国産生ハムフェスティバルは、東京での開催が予定されている。全国各地の国産生ハムが一堂に会するだけに、生ハム好きなら今から要チェックのイベントだ。