しょうゆの染みたカレーピラフ 佐原のインディアンライスとジクセル (トップ写真) 「北総の小江戸」と呼ばれる、千葉北東部の香取市佐原。古くから香取神宮の門前町として栄えてきたきたが、江戸時代に、埼玉県内で合流して東京湾に注ぐことから度々氾濫していた荒川と利根川を分離、利根川が銚子に至るようになると、水運を主体とした商業のまちとしてさらに発展する。小野川沿いに連なる土蔵造りの商家や町屋は観光地としても人気が高い。そんな佐原で長年愛されてきた味が、インディアンライスとジクセルだ。 (写真:) インディアンライスとジクセルは、ともに佐原の老舗洋食店「東洋軒」で誕生した。インディアンライスは、ドライカレーとポークソテーという、いかにも昭和な洋食の組み合わせだ。ジクセルは、肉をピカタのように卵と小麦粉をからめて焼いたもの。佐原ならではの個性的な味が愛され、現在では「東洋軒」のみならず「洋食ヒロ」「洋食おぎ」でも提供されており、それぞれが個性を発揮、地元ではソウルフードとして愛されている。 (写真:「東洋軒」) 江戸時代から栄えていた佐原らしく、いちはやく東京から洋食がまちにやってきた。「東洋軒」の創業者は、1897(明治30)年に、伊藤博文や歴代の閣僚の勧めで開業した西洋料理店「東洋軒」で修行を積み、1926(大正15)年に佐原に店を構えた。実に100年を超える歴史を誇る老舗だ。 (写真:「東洋軒」のインディアンライス) まずは元祖店に敬意を払い「東洋軒」を訪れた。観光地の川岸通りに近いものの、裏路地にひっそりと佇む店舗は、いかにも老舗の装い。インディアンライスは、一見、ごく普通のドライカレーとポークソテーに見える。しかし食べてみるとすぐ「ごく普通」でないことに気付かされる。 (写真:絶妙のマリアージュ) ポークソテーには千葉県産のブランド豚「林SPF」を使用する。なかなか味わい深い豚肉だ。そして、予めしょうゆベースのたれで下味がつけられたポークソテーの「汁」が、下に敷かれたドライカレーに滴り落ちている。ドライカレーの下の皿に、うっすらとそれが溜まっている。このしょうゆ味とカレー味が、絶妙のマリアージュなのだ。カレーとしょうゆ、一見相反するようにも感じるが、その組み合わせが、インディアンライスの真骨頂だ。 (写真:「東洋軒」のポークジクセル) そして、ポークジクセル定食。一見してピカタだが、やはりしょうゆ味が個性的だ。厚めの衣が優しい歯ごたえで、肉自体も抜群に柔らかい。インディアンライスと同じたれなのだろうか。個人的には、ジクセルのほうが、しょうゆベースのたれが少し甘さが立っている。それが、白いご飯によく合う味だ。 (写真:これまた絶妙) そしてこのたれ、添えられた千切りキャベツとの相性も非常にいい。たれを少し吸ってくたっとした千切りキャベツが実に美味しい。たっぷりのショウガ焼きのたれに浸った添え物の千切りキャベツの美味しさに通じるものがある。それは、インディアンライスに添えられた別皿のサラダと食べ比べればはっきりと自覚できるはずだ。 (写真:「洋食ヒロ」) 続いて「洋食ヒロ」を訪ねた。「東洋軒」はウイエティングルームまであり、いかにもハレの日の食事の場といった装いだったのに対し、「洋食ヒロ」はケの日、日々の食事を気軽に食べられる「まちの食堂」のような雰囲気だ。夜は、酒場の営業もしているのだろう、棚にはずらっとキープのボトルが並んでいた。 (写真:「洋食ヒロ」のインディアンライスとチキンとポークのジクセル) 店主は、いかにも夜は「ママさん」といった風情の話し好きの女性だ。「ウチと『洋食おぎ』の初代は、ともに『東洋軒』で働いていて独立した」と経緯を教えてくれた。とはいえ、その味は「東洋軒」とはやや違う。店の雰囲気そのままに、ボリュームがあり、味が濃いのだ。いかにも日々のごはんの味付けなのだ。 (写真:「洋食ヒロ」のインディアンライス) インディアンライスも一目見て分かるだろう。ボリュームが明らかに「東洋軒」と違う。タマネギも大ぶりに切られていて、しっかりとした食感がある。やはり、ポークソテーのたれとカレーの風味がなんとも絶妙だ。そして気付いたのが、ドライカレーの盛り方。昔ながらのいったん型に入れて成形しているが、その山の脇に、入りきらなかった分だろうか、ポークソテーと対を成すかのように盛られている。これは「東洋軒」や「洋食おぎ」も同様だ。この盛り方が、どうやらインディアンライスのお作法のようだ。 (写真:「洋食ヒロ」のポークジクセル) ポークジクセルは肉が分厚い。しかも肩ロースだろうか「東洋軒」のロースに比べてけっこう脂身が多い。ボリューム感満点だ。厚めの衣からは甘い卵の香りが漂ってくる。濃いめの、白いご飯によく合う味付けだ。 (写真:「洋食ヒロ」のチキンジクセル) そして「洋食ヒロ」にはチキンジクセルもある。鶏肉は豚肉と比べてあっさりヘルシーだ。ポークは、脂身が多く厚いので、歯が弱い人にはちょっと食べにくいかもしれない。そんな人には、柔らかく、脂が少なくヘルシーなチキンジクセルがオススメかもしれない。 (写真:みそ汁やお新香も美味しい) さらにいかにも「まちの食堂」らしいのが、付け合わせとみそ汁だ。具だくさんのみそ汁は、食べるみそ汁と呼んでいいほどのボリュームだ。お新香もたっぷりと盛られていた。そして、ポテトサラダ。ほんのり甘い、あまりマヨネーズが立っていない味付けが、ジクセルのたれと合わさると絶妙な味わいだ。 (写真:「洋食おぎ」) 残念ながら、もう1軒の「洋食おぎ」は臨時休業だった。ピカタもドライカレーもポークソテーも決して珍しいメニューではないが、この組み合わせは、意外にほかのまちでは食べられないものではないかと感じた。そして、それが絶妙に美味いのだ。佐原を訪れる機会があったら、ぜひ、食べてみてほしい。