野菜たっぷり、緑のスープ 「高根沢ちゃんぽん」 (トップ写真) 栃木県高根沢町、宇都宮のベッドタウンでもある農業のまちのご当地グルメは、高根沢ちゃんぽんだ。同町の田園風景をイメージしたという小松菜ペーストと濃厚豆乳で作った緑色のスープは斬新だ。しかし、その見た目とは裏腹に、味はマイルドであっさり系。高根沢産野菜をふんだんに盛り込んだ栄養満点のちゃんぽんだ。 (写真:味の決め手、小松菜ペースト) いわゆる郷土料理は、長い歴史が育んだその土地の気候風土が生んだ食材を、その土地の暮らしぶりを反映した調理法で食べるものが多い。米が乏しかった旧南部藩では米の代用食として麦のせんべいを主食にし、やはり米の乏しかった島原ではさつまいもを米の代用として食べた。一方で、いわゆるご当地グルメと呼ばれるものの多くは、近現代の暮らしぶりから誕生したものが多い。 (写真:味の決め手、濃厚豆乳) 福岡・久留米や岩手・釜石、北海道・室蘭など工業都市でラーメンが盛んに食べられたのは、製鉄やゴムなど高熱の環境で働く労働者たちがそれに耐えうるカロリーや塩分を求めたからだ。同じく中華料理をルーツに持つギョウザがあちこちで食べられているのは、戦前多くの日本人が入植した旧満州との関わりが深い。以前紹介した、西小泉のまちじゅうにブラジル料理店が並んでいるのは、近年のブラジル人労働者の増加が背景にある。その意味では、ご当地グルメ誕生のきっかけは多種多様だ。 (写真:高根沢ちゃんぽんのルーツに当たる小浜ちゃんぽん) 高根沢ちゃんぽん誕生のきっかけは、何と災害時における相互応援協定だ。雲仙普賢岳の噴火や東日本大震災、記憶に新しい能登半島地震など、日本列島は非常に自然災害が多い。そこで遠隔に位置する自治体同士が、不慮の災害の際に互いに助け合う協定が結ばれることが多い。これが、地理的・文化的つながりのうすい地域同士が結びつくきっかけになる。 (写真:第1回全国ご当地ちゃんぽんサミットで挨拶する林田さん) その仕掛け人がちゃんぽん番長こと雲仙市役所職員の林田真明さんだ。長崎で発祥、その後九州各地へと伝播する中で、手に入りやすい食材を取り入れるなど「ローカライズ」していった各地のちゃんぽんが一堂に集い、互いに協力しながらそれぞれのまちの魅力を発信する全国ご当地ちゃんぽん連絡協議会(全ちゃん協)を結成。同時に、練り物のまちとして永年交流のある北海道網走市や災害協定を結んだ高根沢町にそのノウハウを持ち込み、新たなご当地ちゃんぽんが誕生した。 (写真:イベントデビュー当時の高根沢ちゃんぽん) 高根沢ちゃんぽんがデビューしたのは、災害時における相互応援協定が発足し、全ちゃん協が誕生した2012年。佐賀県武雄市で開催された第2回全国ご当地ちゃんぽんサミットに早くも登場した。折しもご当地グルメブームの真っ盛り、無理矢理創り出されては定着せずにあっという間に消えていった創作ご当地グルメがあまたある中で、10年を超えて地元に定着。地元での存在感も確固たるものになった。 (写真:「温泉食堂花紋」) そんな高根沢ちゃんぽんを地元で食べてみよう。まず訪れたのは「道の駅たかねざわ元気あっぷむら」内にある「温泉食堂花紋」。「道の駅たかねざわ元気あっぷむら」は直売所や温泉施設、さらには食堂などを一堂に集めた施設だ。「温泉食堂花紋」は、入浴後などに一休みもできる、いわばスーパー銭湯内の食堂のような施設だ。もちろん、食事だけの利用も可能だ。 (写真:「温泉食堂花紋」の高根沢ちゃんぽん) 同店の高根沢ちゃんぽんは、野菜の持ち味を生かした点が特徴。そもそもちゃんぽんは、麺とスープ、そして具材を食べる直前に合わせることが多いラーメンとは違い、麺と具材、そしてスープを一つの鍋で調理し、煮込むことで互いの持ち味を融合させるものだ。しかし、「温泉食堂花紋」の高根沢ちゃんぽんは、野菜をあえて煮込みすぎず、野菜が本来持っている食感と味を前面に押し出している。その象徴とも言えるのが、枝豆の存在だ。緑色が特徴の高根沢ちゃんぽんに、より緑のアクセントを加えつつ、野菜ならではの「青っぽさ」を打ち出す。 (写真:大ぶりの野菜がどっさり) 特に大ぶりに切られたキャベツの存在感が大きい。煮込みすぎないことで、その食感はかなり歯ごたえがある。ロース1枚、バラ2枚と3枚ものチャーシューをのせるものの、スープも野菜の味わいが強調されていてしつこさがない。非常にあっさり味だ。高根沢ちゃんぽんは、雲仙市の小浜ちゃんぽんと高根沢の野菜の融合から誕生したものだが、「温泉食堂花紋」の高根沢ちゃんぽんは、どちらかといえば「高根沢の持ち味」がより強調された味わいと言えそうだ。 (写真:「お食事処あづま」) せっかくなので、別の店の味もチェックしておこう。次に訪れたのは、「お食事処あづま」。驚かされたのは、「花紋」と真逆の風味だったことだ。こちらは、完全に「小浜色」が強調されていた。スープも動物系の出しがしっかり効いていて濃厚だ。野菜もしっかりと煮込まれていて野菜特有の甘みが引き出されていた。 (写真:「お食事処あづま」の高根沢ちゃんぽん) 枝豆に加え、緑のアクセントを強調するのがニラの存在感だ。枝豆の素直さとは対照的に、ニラ特有のくせの強さが感じられる。タケノコの形そのままの、おそらくお手製のメンマの存在感も強い。何より「小浜色」を感じさせたのが、魚介の存在だ。あさりやエビ、ゲソなど、海なし県・栃木にもかかわらず、魚介が大量に入っていた。 (写真:魚介がたっぷり) 本州のご当地ちゃんぽんは、鳥取、兵庫・尼崎、秋田など九州のちゃんぽんとは少し様子の違うあんかけ麺が多いが、小浜ちゃんぽんをルーツに持つだけに高根沢ちゃんぽんは九州のちゃんぽんの特徴も併せ持つ。野菜をメインにしたその味わいは、海から遠い炭鉱町の武雄北方ちゃんぽんにも通じるものがある。ご当地ちゃんぽんが好きな人なら一度は食べてみるべきだ。