歯ごたえに勝る強いうまみ 「福井のじゅんけい」 (トップ写真) 福井県民は全国でも有数のやきとり好き県民として知られる。総務省統計局の家計調査によれば、2020〜22年の平均で、1世帯当たりのやきとりに対する年間支出金額は、福井市が全国の県庁所在地・政令指定都市の中で第3位を誇る。一般にやきとりといえば「酒の供」だが、福井では家庭の食卓にまでやきとりが深く浸透している。スーパーの総菜売り場にもやきとりがあふれ、晩ご飯のおかずとしてはもちろん、イベントや運動会などでもやきとりの出張販売が欠かせない。まさに福井県民のソウルフードだ。 (写真:「秋吉」のじゅんけい) 福井のやきとりの最大の特徴はじゅんけいの存在だ。漢字で書くと「純鶏」。卵を産むようになった雌の親鳥のことだ。私たちが普段スーパーなどで手にするのはひな鶏、あるいは若鶏と呼ばれる、産卵を経験していない、飼育期間が短い鶏の肉だ。飼育日数が長くなると身が締まり、食感が固くなるためだ。一方で、その食感を「程よい歯ごたえ」ととらえれば、飼育期間が長い分だけに食味については深みが増す。福井県民は、この噛むほどに旨みがあふれるじゅんけいを好んで食べるのだ。 (写真:全国に店舗がある「秋吉」) そんな福井県民のじゅんけい好きを支えているのは、福井市に本社があるやきとりチェーン「秋吉」の存在だ。「秋吉」は福井県内の27店を筆頭に、石川・富山の各14店、さらには東京や大阪など全国1都2府13県に100店舗以上を展開する。一方で、「鳥貴族」「やきとり大吉」を傘下に全国に1100店以上のやきとり店を展開する鳥貴族ホールディングスでさえ、福井県内には店舗がない。福井県は「秋吉」の牙城なのだ。やきとり大好き福井県民の胃袋を「秋吉」が一手に支えていると言っても過言ではないだろう。 (写真:からしをつけて) 創業時から「やきとりの名門」を店名に添える「秋吉」は、1959(昭和34)年に福井市呉服町のわずか4坪の店からスタート。以来、「母親が子供のために心をこめてつくるおふくろの味」を基本に、県外へ、全国へと店舗網を広げていった。 (写真:焼き台からは炎が) 「秋吉」には、他のやきとり店にはない、独特のルール、雰囲気がある。まず客は、店員から「社長」と呼ばれる。もちろん実は平社員でもだ。やきとりの注文は5本単位。ひと口サイズの串は、5本同時に焼くことによって火力が分散されて柔らかく焼き上がるのだという。火力はもちろん炭火。激しく炎を上げて焼く様子は「秋吉」の名物だ。そして、ステンレスのカウンター。カウンター席では、目の前で焼き上がったやきとりを、ぴかぴかのカウンターの上に置き、それを手に取って頬張る。 (写真:きゅうりはじゅんけいのパートナー) やきとりにはぜひきゅうりを添えたい。長細く切られたキュウリが味わい深いじゅんけいになんとも良く合うのだ。じゅんけいを頬張ってはビールをあおり、キュウリで口の中をさっぱりさせてから再びじゅんけいにかぶりつく…。「秋吉」ではそんな無限ループが繰り広げられることになる。 (写真:「治郎吉片町店」) もちろん福井のやきとり店は「秋吉」だけではない。全国トップクラスの消費量をまかなうには全国チェーンや個人営業の店も外せない。訪れたのは片町にある「治郎吉」。やきとりに加え、ホルモン焼きも看板にする店だ。注文はやはり5本単位だった。じゅんけいとわかどりを1人前、5本ずつ注文する。 (写真:「治郎吉」のじゅんけい) やきとりはアルミの皿に一緒盛りになって供された。皿の端に添えられているのはからしだ。まずはじゅんけいから。親鳥らしいしっかりとした歯ごたえだ。なかなかかみ切れない。しかし、何とかかみ切ろうと歯を当てるうちに、肉の中からどんどんうまみがあふれ出してくる。これこそがじゅんけい最大の魅力だ。 (写真:わかどりは優しい食感) 1本ずつ交互にわかどりも食べていく。ソフトな食感にひと安心する。とはいえ、やはり味わい深さはじゅんけいが勝る。味わいのじゅんけい、歯触りのわかどり、そのコントラストを実感する。 (写真:「熟成かつ天膳ハピリン店」) 福井県民のじゅんけい好きを確認するため、やきとりではないじゅんけいも食べてみることにした。向かったのは、福井駅前の複合施設ハピリンの中にある「熟成かつ天膳」だ。とんかつ店なのだが、同店のオリジナルメニューとして、親鳥の肉をかつにしてのせた純けいかつ丼を食べてみる。 (写真:「熟成かつ天膳」の純けいかつ丼) 卵とじではなく、ねぎ胡麻だれと塩だれから好みで選んで注文する。今回はねぎ胡麻だれを選んだ。歯ごたえのあるじゅんけいなので、さすがに厚切りでは食べにくい。薄くそがれて、細かいパン粉を付けて揚げたカツが、細かく包丁を入れられ、ソースをまとってご飯の上にのる。 (写真:じゅんけいをかつに) 衣のかりかりを歯先で感じた後に、それをさらに押し戻すかのようなじゅんけいの強い食感が押し寄せてくる。今までに食べたことがないかつの食感だ。もちろん、そのハードさの先にはじゅんけいだからこその強いうまみが待っている。とてもかつ丼とは思えないほど、何度も何度も噛みしめて味わう。 (写真:「かみ疲れ」を癒やすモヤシ) じゅんけいに慣れた福井県民になら、この歯ごたえと顎の疲れは日常茶飯事なのだろうか。おやどりの歯ごたえになれていない者にとっては、なかなかチャレンジャブルなメニューだ。「熟成かつ天膳」のホームページによれば、看板メニューの熟成かつ、福井ならではのソースかつ丼とそばのセットに次ぐ人気ナンバー3だというのだから、やはりじゅんけい慣れした福井の人たちの歯と顎は柔ではないのだろう。 (写真:強いうまみが魅力) 食べ慣れない人にはちょっと抵抗がある歯ごたえだが、それを覆すだけの強いうまみが魅力のじゅんけい。東京や大阪、京都にも「秋吉」の支店はある。ぜひ一度「福井の味」にトライしてみてはいかがだろうか。