そばも揚げ物も 北海道あのまち、この味B釧路・厚岸 (トップ写真) 北海道のご当地グルメを都市単位で紹介する「北海道あのまち、この味」。3回目は道東釧路地方だ。中心都市の釧路は、かつて人口で札幌市、旭川市、函館市に次ぐ道内4位を誇り、オホーツク、十勝、根室の各地方を含めた道東の中心としてとして栄えたが、1980年代以降は人口減少が進み、現在では帯広より人口が少ない。日本最大の湿原・湿地である釧路湿原は、国の特別天然記念物のタンチョウをはじめ、さまざまな動植物の貴重な生息地として、日本で最初のラムサール条約登録湿地となり、湿原周辺を含んだほぼ全域が国立公園に指定されている。 (写真:自然の宝庫、釧路湿原) 実は釧路、北海道屈指のそばどころだ。市内のあちこちにそば屋が点在し、そのほとんどの店で緑色のそばが提供されている。新そばは薄い緑色をしていることは知られているが、釧路のそばは「薄い」というレベルではない。実は釧路では、白い更科そばにクロレラを混ぜて麺にしている。クロレラ入りそばの元祖は「竹老園東家総本店」で、数多い釧路のそば店の大半が、「竹老園東家総本店」のそばづくりの伝統技法の影響を受けているという。 (写真:クロレラ入りの「竹老園東家総本店」のそば) 元祖に敬意を表して「竹老園東家総本店」を訪ねてみた。1874(明治7)年に夜啼きそば「やまなか」として小樽で創業、97年(明治30)年に屋号を「東家」に改め、その後、函館を経て釧路に移る。1927(昭和2)年に、創業家が春採湖岸に豪壮な屋敷を建築、そこでもそばづくりを始め「東家総本店」として営業を始め、1932(昭和7)年には東家総本店の全庭内を竹老園と命名した。現在もその荘厳なお屋敷も含めて営業する。 (写真:「竹老園東家総本店」) 中細のソバは、玄ソバの中心部分を曳いた更科粉〜1番粉を使って打つ。そばつゆは「半生がえし」と呼ばれるかえし(砂糖、みりん、しょうゆを混ぜたもの)に主に宗田カツオのカツオブシでとっただしを合わせてつくる。しかし、釧路のそば好きは、そばつゆだけでは満足しない。必ずと言っていいほどかしわぬき、つまりかしわそばからそばを抜いたスープを注文。もりそばを浸して食べる。 (写真:かしわぬきとセットで) 卵を産まなくなった「廃鶏」つまり親鳥からしっかりだしが出たスープに浸して緑色のそばを食べる。脂の浮いたスープにそばを浸すのは一瞬戸惑いがあるが、一度食べてしまうとその美味しさに心を奪われる。しっかりと歯ごたえのある親鳥の肉も、驚くほどそばによく合う。 (写真:もりそばをかしわぬきでいただく) 鳥だしでそばを食べるのは、山形県河北町などにもあるが、釧路ならではのそばが無量寿そば。「竹老園東家総本店」が発祥といわれる、ごま油とめんつゆ、卵黄で食べるがつんとおいしいそばだ。シンプルにそばの香りを楽しむでもなく、だしやトッピングとのマリアージュを楽しむでもなく、ごま油でそばにパンチを効かせて食べ進む、独特のそばの食べ方だ。 (写真:無量寿そば) ごま油特有の風味と卵黄の濃厚な味が合わさると、中毒性の高いやみつきの味になる。油でつるつるとのどごしが良くなるものの、一方で脂っこさもない。卵黄の濃厚さにそばが負けていないのも不思議だ。つるつるとした食感、後を引く味で、食欲がないときでも一気に食べられそうだ。 (写真:そば寿司) さらにはそば寿司も食べておきたい。そばを海苔巻きにするのは結構よく見かけるが、「竹老園東家総本店」のそば寿司の特徴はその味付けにある。そばつゆではなく、ほんのり甘酢で味が付けられているのだ。そばの香りはひきたつものの、舌に感じる甘酸っぱさはまさに酢飯のそれだ。ほんのりショウガも香る。 (写真:「泉屋」のスパカツ) そばから一転、釧路市民のソウルフードとも呼ばれているのは、1960(昭和35)年に創業した釧路の老舗洋食店「泉屋」を起源とするボリューム満点のスパカツだ。熱々の鉄板で食べるスパゲッティーミートソースなのだが、その上にとんかつをのせ、さらにミートソースを追いがけする。北海道産豚牛合挽肉の旨み、タマネギの甘み、デミグラスソースのコクが渾然一体となっている。粉チーズやタバスコをかけて食べるのが地元流だ。 (写真:「泉屋」のピカタ) 「泉屋」ではピカタも食べた。ピカタとは、豚肉や鶏肉に塩コショウなどで下味をつけて小麦粉をまぶし、粉チーズを混ぜた溶き卵を絡ませてソテーしたものだが、「泉屋」のピカタは少し違う。トマトソースをかけたスパゲッティの上にソテーした豚肉がのり、その上に薄焼き卵がのせられたものだ。一見オムスパだが、確かに食べてみるとピカタの味なのだ。 (写真:薄焼き卵の下には豚肉のソテーが隠れている) 釧路の夜の部でぜひ食べておきたいのがザンギだ。ザンギとは北海道の鶏のからあげのこと。鶏のからあげを指す中国語「炸鶏=ザージー」に、幸福を意味する「ン」を付けて名付けられたという。発祥は、釧路市内随一の繁華街・末広町にある「鳥松」だ。ブロイラーを1羽ぶつ切りにして、下味をつけてラードで揚げる。ぶつ切りが基本なので、元祖店では「ザンギ」と言えば骨付きを指す。メニューには「ザンギ」の隣に「骨なしザンギ」が並ぶ。 (写真:「鳥松」のザンギ) 特徴は揚げ油にラードを使うこと。高温のラードで揚げると表面がカリカリになり、独特の食感を生み出す。下味は薄め。ウスターソースベースのたれをつけて食べるのがおすすめだ。スパイス感のあるたれを付けて食べると、美味しさがいっそう増す。ちょっとスパーシーなその味は、カリカリの食感と相まってビールを口の中へ盛んに招き入れる。 (写真:たれにつけると味が膨らむ) 翌朝、釧路から車で1時間ほどの厚岸町を訪ねた。地名は、アイヌ語でかきの多い所を意味する「アッケケシ」から生まれたという説があるほどの牡蠣の名産地だ。山の養分を含んだ別寒辺牛川(べかんべうしがわ)の淡水と、太平洋の海水が混ざりあう汽水湖・厚岸湖は、植物性プランクトンが豊富。さらに水温が低く、1年を通して温度変化が少ないため、牡蠣はゆっくりと栄養を蓄えながら育つ。 (写真:生牡蠣と厚岸ウイスキーのセット) その最大の特徴は、真牡蠣でありながら1年を通して生で食べられること。一般的に水温の高い夏は、牡蠣の生食に適さないが、厚岸では夏の水温が高い時期は、より水温の低い海域へいけすを動かして養殖するため、1年じゅう生牡蠣が食べられる。 (写真:ぷりっぷりでクリーミーな生牡蠣) 厚岸は気候や水がスコッチウイスキーの聖地・アイラ島に似通っていることから2016年に厚岸蒸留所が開設され、ウイスキーづくりが始まった。厚岸ウイスキーは、高い品質を誇り、ウイスキー好きに絶大に支持されているが、生産量が少なく、入手は非常に困難になっている。地元でもなかなか手に入らない。しかし、厚岸町内にある「道の駅厚岸グルメパーク」では、自慢の生牡蠣と共に、ショットで貴重な厚岸ウイスキーを味わうことができる。 (写真:極めて入手困難な厚岸ウイスキー) 食べられるのは、道の駅の2階にある「レストラン・エスカル−」だ。地元産の牡蠣・カキえもんを生で味わいつつ、超レアな厚岸ウイスキーを堪能する。生牡蠣はミルキーさが一段と際立つ。牡蠣ならではのミルキーさがこれでもかと味わえる。そして、口の中いっぱいに広がったその味をスモーキーな厚岸ウイスキーで洗い流す。なんとも至福のひとときだ。 (写真:シメに食べたとりめん、温かい鳥だしで食べる素麺) さらに釧路は炉端焼き発祥地としても知られるが長くなった。釧路の炉端焼きについては、また改めてご紹介したい。