だだちゃ豆のみそ汁は「特権の味」 庄内の味(上) (トップ写真) ビールに枝豆と言えば、夏を代表する味だが、そんな枝豆の中でも特においしいといわれているのが山形のだだちゃ豆だ。だだちゃ豆は山形県庄内地方に位置する鶴岡市の一部地域で江戸時代から作り続けられている枝豆の品種。山形大学の研究によれば、アミノ酸類が、一般的な枝豆に比べ1.5〜3倍含まれ、甘みやうまみ、香りが優れているという。 (★写真:だだちゃ豆) ちなみに「だだちゃ」とは、庄内地方の方言で「おやじ」を意味する。庄内藩のお殿様がたいへんな枝豆好きで、家臣に毎日枝豆を届けさせては「きょうはどこのだだちゃの枝豆か」と問うたことからその名が付いたという説がある。 (★写真:とれたても冷蔵で販売) だだちゃ豆は、種をまいて90日後くらいが収穫期で、収穫に適した時期は5日だけ、しかも収穫後すぐに茹でて食べないと本来のおいしさが味わえない。そのため、かつては地元でだけ味わえるものだった。それが平成に入ったころからクール便を使った販売方法が確立し、そのおいしさも相まって、全国的な人気ブランドとなった。 では、江戸時代以来だだちゃ豆を食べ続けてきた庄内の人たちは、いったいどんな食べ方をしているのだろう。それを探るべく、地元・鶴岡を訪れた。 (★写真:鶴岡市白山にある「だだちゃ豆直売所」) おいしく食べられる時期が5日間と限られるため、だだちゃ豆は、早生(わせ)、中生(なかて)、晩生(おくて)と収穫時期の異なる品種が多数開発され、品種ごとに出荷時期をずらし、夏を通して食べられるようにしている。多くの品種の中でも、トップクラスの人気を誇る「白山」を生産する鶴岡市白山地区には、地元有志が作った枝豆直売所がある。ここでは朝どれのだだちゃ豆が随時運ばれてきて、入荷する先から売れていく。やはりとれたてをできるだけ早く茹でて食べるのが基本という。 (★写真:あっという間に売り切れ) ちなみに、午前8時半開店の直売所ではこの日、朝6時半から行列ができはじめたという。整理券が配られ、順番を待っての購入になるが、10時過ぎには整理券の配布も「売り切れ」となった。 (★写真:「やさいの荘の家庭料理 菜ぁ」) 現地を訪れる前に下調べをしたところ、地元ではだだちゃ豆をみそ汁にすることが分かった。これはぜひ食べてみたいと調べ始めたが、だだちゃ豆のみそ汁をメニューに載せる店がいっこうに見つからない。そんな中、自らの畑で育てた旬の野菜で作る料理にこだわるお店「やさいの荘の家庭料理 菜ぁ」を探し当て、事前に電話をしてお願いし、庄内ならではの味を食べさせてもらえることになった。 (★写真:築130年ほどの農家の母屋を改装) 「やさいの荘の家庭料理 菜ぁ」は、築130年ほどの農家の母屋を改装したレストラン。畑と「話をしながら」収穫する旬の野菜はもちろんのこと、有機栽培米や地元食材を使い、自家製造の調味料で調理する地元でも人気のお店だ。旬を生かした、庄内らしい料理を取り合わせてランチセットを作っていただいた。 (★写真:だだちゃ豆のみそ汁) まずは、特別に作っていただいただだちゃ豆のみそ汁から。具のだだちゃ豆のおいしさはもちろんのこと、汁が抜群のうまみを持つ。農業人&オーナーシェフの小野寺紀充さんにお話をうかがったところ、だだちゃ豆のみでだしを取っているとのこと。にわかには信じがたいほど豊かなうまみを持つ。地元では「かに汁の味がする」とも言われているという。その秘密は、水と同じ分量のだだちゃ豆をさやが茶色くなるまで煮出して初めてこのうまみが出るとのこと。具の豆は別に茹でたものを後から入れたのだという。 (★写真:具のだだちゃ豆は後添え) そもそもは生産農家が、選別作業で出荷に適さないと判断したものを自家消費したことから生まれた料理だろうと小野寺さんは語る。高級品のだだちゃ豆を大量に、食べられなくなるまでだしとして煮出すのだから、実は非常に高価な料理なのだ。しかも手間と時間もかかる。お店でメニューに載っていないのはそのためのようだ。「生産農家の特権の味」と小野寺さんは語る。 (★写真:特別に作っていただいたランチセット) だだちゃ豆は、生産農家ごとに、同じ品種でも全然味が違ったりもするという。劣性遺伝の品種で、他の産地の枝豆と掛け合わせても、だだ茶豆の良さが消えてしまうため、品種改良も限られてしまう。そのため、他の地域で生産しようとしてもなかなかうまく作れない特殊な枝豆なのだという。 (★写真:なすの鍋焼き) 小野寺さんは、地元・庄内の味の継承にこだわる。この日も、だだちゃ豆のみそ汁の他に、庄内ならではの食材にこだわった料理をいただいた。なすの鍋焼きは、なすを自家製のナスで炒めた料理だ。しょっぱさを抑えて、うまみを引き出したという自家製のみそが、ナスに絶妙にからむ。 (★写真:なすのごま和え) 同じくなすのごま和えも絶妙のおいしさだった。ごまが非常に細かくていねいに擦られ、なすをまんべんなく包み込む。なす好きにたまらない味だ。 (★写真:メバルの塩焼き) 焼き魚はメバルの塩焼き。地物のメバルは身がぷりぷりとしていた。野菜だけでなく、新鮮でおいしい魚、肉にもこだわる。 (★写真:ご飯はひとめぼれの白米と玄米の合い盛り) ご飯は、自家で有機栽培したひとめぼれの白米と玄米の合い盛りだ。ご飯も含め、すべての料理に食材と調理へのこだわりが感じられる。 (★写真:漬物は麹漬け) 庄内の食文化の源流にあるのは、特に鶴岡では、新潟方面から入ってきた食材だと小野寺さんは語る。そして、北前船。北海道から京都まで、日本海沿いの各地に寄港しながら北海道の昆布を運んだ北前船は、逆に京都の文化を寄港各地に運んだ。庄内の、濃いしょうゆで煮るのではなく、薄味でうまみを生かした調理法にも京都の影響があるという。そして、京風の仕上げ方が、地元の食材にも合っているとのこと。さらに、同じ庄内でも、商いのまち・酒田と城下町・鶴岡の暮らしぶりの違いも味に現れるという。庄内の食文化は奥が深そうだ。