白い麺であっさりヘルシー 水俣チャンポン (トップ写真) 八代海に面した熊本県水俣市は、沿岸部は漁業、山間部は林業が盛んな町だ。明治以降は化学工業・チッソの企業城下町としても栄えた。海に直結した露天風呂で知られる湯の児温泉と、山間にありレトロな湯治宿の雰囲気が魅力の湯の鶴温泉と、中心市街地至近に2つの温泉場も有する。そんな水俣のご当地グルメが、水俣チャンポンだ。 (写真:「四海樓」の長崎チャンポン) チャンポンのルーツには諸説あるが、1899(明治32)年に長崎の「四海樓」で発祥したという説が一般によく知られている。福建省の麺料理「湯肉絲麺」を元に、「四海樓」の初代、陳平順さんが、濃いめのスープ、豊富な具、独自のコシのある麺で日本風にアレンジして誕生した。これが、長崎市民の湯治場だった島原半島の小浜温泉に伝播、それが海を越えて天草に伝えられ、さらに海を渡って水俣にたどり着いた。 (写真:白い麺が水俣チャンポンの特徴) 水俣のチャンポンは、あっさりとしたスープが特徴。具も野菜がたっぷりでヘルシー。そして最大の特徴が白っぽい麺だ。スープをしっかり吸い込む卵を使わないモチモチ麺がおいしさの秘訣だ。 (写真:製麺段階では黄色い) うどんかと思うほどの白い麺だが、かん水を使った中華麺だ。ただし、かん水の量は通常の中華麺の半分ほどだという。小麦粉にかん水、さらには塩、水を加えて練り上げ、製麺する。この時点では、しっかりとかん水の色が判別できる。 (写真:製麺機でカット) 生地は2回、折りたたみながら伸ばす。つまり4層重ね合わせて完成だ。これをやや細めに切る。この時点でもやはりかん水の色は健在だ。 (写真:寝かせて湯がくと白くなる) しかし、一晩寝かせて湯がくとあら不思議、黄色い麺はいつの間にか水俣特有の白いちゃんぽん麺に変身した。 (写真:「喜楽食堂」のチャンポン) スープのバリエーションも水俣チャンポンの楽しみ方の一つだ。水俣チャンポン発祥店、市中心部にある「喜楽食堂」は100%豚骨だし。そこに、ターメリックやカルダモンなど約15種類のスパイスを調合する。やさしい味付けだ。 (写真:「鶴岡食堂」のチャンポン) 一方で、水俣漁港にある「名物ちゃんぽん 鶴岡食堂」は海鮮だしだ。白濁スープの長崎ちゃんぽんは島原・天草・水俣と南下する一方で、久留米から九州を横断、海を渡り、四国・愛媛県の八幡浜まで伝播した。その過程で様々に変容し、八幡浜では、白濁とは似ても似つかない澄んだ海鮮スープになっている。「鶴岡食堂」のスープは、そんな八幡浜にも似た、海鮮の和風味だ。 (写真:透明な海鮮スープ) ただし、和風といっても漁師町、ガテン系の味だ。魚介のだしを感じつつも、塩味は結構強い。隣に座った地元漁師が食べていた大盛りは、目を見張るほどの量の多さだった。さらに、あっさりしていながら、食べるうちに口の周りがぬるぬるしてくるほど油が多い。 (写真:一見あっさりだが、味は濃く、油っぽい) おそらく具材を炒める際のサラダ油だろう。オイリーだが、ラードなど動物系油脂のギトギト感はない。むしろ、麺や具材をスムーズに口の中へ運んでくれる潤滑剤の感覚だ。何より具材、特にキャベツの炒め具合が絶妙だ。キャベツ本来のシャキシャキ感を残しながらもたっぷりの油で見事なまでに加熱されている。チャンポンの神髄は、炒め野菜にあり、そう思わせるおいしさだった。 (写真:「南里」のあっさりチャンポン) 豚骨、魚介と来れば、次は鶏ガラだ。「貝汁味処 南里」はアサリのあっさりチャンポン。九州の大動脈・国道3号線沿いに位置する同店は、店名にあるとおり貝汁が看板メニュー。チャンポンは平日限定の人気メニューだ。 (写真:だしは鶏ガラ) テーブルに運ばれてきたチャンポンには、大ぶりのアサリが15個ものっている。興味深いのが、このボリューム満点のアサリにも関わらず、だしは鶏ガラなのだ。透明な塩味に仕上げられたスープは、鶏ガラ直球の中華スープ、アサリの味はしない。下処理済みのアサリはあくまで具としてチャンポンの上に鎮座している。見た目と味のギャップに驚かされる。 (写真:「喜楽食堂」の冷やしチャンポン) 水俣チャンポン発祥店「喜楽食堂」では、もちろんデフォルトのチャンポンを味わって欲しいのだが、夏の暑い時期には、同店の名物「冷やしチャンポン」が恋しくなる。 (写真:湯にくぐらせた麺を冷水で締める) 大手チェーンなどでも夏になると冷やしチャンポンが登場するが「喜楽食堂」の冷やしチャンポンはひと味違う。冷やし用に具やたれを別に用意するのではなく、基本的に普段のチャンポンをそのまま冷やして提供するのだ。 (写真:冷やしておいた具をのせる) もちろん、調理済みのチャンポンをそのまま冷やせば麺が伸びてしまうし、肉の脂が浮いて固まってしまう。麺を入れる前の調理済みチャンポンから具を取り出し、残ったスープからは脂を取り除き、それぞれ別の容器で冷やすのだ。脂が出やすい豚肉などは、いったんしゃぶしゃぶにして脂を洗い落としている。 (写真:やはり冷やしておいたスープをかけて完成) スープと具が十分に冷えたら、茹で上げた麺を冷水で締め、その上に具を盛り、スープをかける。冷たいスープは塩分を感じにくくなるため、若干味を濃くしているというが、まさにちゃんぽんそのままの味だ。野菜も冷やすまでの間に若干熱が加わるので、やや早めに炒め終えるという。 (写真:清涼感満点) 暑い季節に額に汗しながら熱いスープのちゃんぽんを食べるのもいいが、この涼しげなチャンポンを覚えてしまうと、夏にはどうしても冷やしに食指が伸びてしまう。暑い九州だからこそ、よりいっそう清涼感が増すというものだ。 (写真:「天宝閣」の皿うどん(やわめん)) 王道の豚骨に加え、鶏ガラ、魚介のバリエーションを制覇すれば、ひとまず「水俣チャンポン道」への入門は完了だ。その上で、一歩踏み込んで水俣チャンポンのエキスパートを目指したい。そんな上級者向けのメニューが「天宝閣」の皿うどん(やわめん)だ。 (写真:細麺ではなく揚げたチャンポン麺) 一般的はちゃんぽん店に皿うどんはつきものだ。パリパリの揚げ麺にちゃんぽんの具にとろみをつけたあんを乗せて食べるメニューだ。とはいえ、同じ店の同じキッチンでチャンポンも皿うどんも調理しているわけだから、あんを茹で上げたちゃんぽん麺にかけて食べたり、さらにはパリパリの極細麺ではなく、ちゃんぽん麺を揚げてあんをかけて食べることだってできるはずだ。「天宝閣」では、あんかけチャンポンもチャンポン麺を使った、この皿うどん(やわめん)も味わえる。 (写真:一般的な皿うどんの「かためん」) ちょっと甘みの強いあんと太めの麺が絶妙に絡み合う。飲んだ後、特に飲み過ぎて胃の水分がたぷたぷと音を立てるような状況では、この汁なしのチャンポンが最適だ。 (写真:雰囲気満点、「酔仙食堂」の外観) そして、水俣で飲んだシメのチャンポンとして知られるのが「酔仙食堂」のチャンポン。店名に象徴されるように深夜2時まで営業。飲んだ後のシメとして地元民に愛されている。 (写真:「酔仙食堂」のチャンポン) 豚骨ラーメン発祥の地・福岡県久留米のラーメンは、いわゆる博多ラーメンの濃厚白濁スープとは違い、あっさりとさらさらしていて、飲んだ後のシメにも胃に優しい。「酔仙食堂」のチャンポンは、そんな久留米ラーメンにも似た味わいだ。 (写真:丼の底に骨粉) 白濁しながらも透明感のあるスープは、水俣チャンポンの王道だ。ついついスープを飲み干してしまう。スープを飲み干した丼の底にたまった骨粉は、店内で時間をかけて丁寧に豚骨を煮出している証拠だ。 (写真:水俣チャンポン探求会が全国でその魅力をアピール) 今でこそ汚染された海は埋め立てられ、風光明媚な水俣だが、残念ながら水俣病という不幸な歴史を忘れるわけにはいかない。地元の飲食店主らが立ち上がり、水俣チャンポン探求会を結成、「水俣といえば『病』ではなく『チャンポン』といわれたい」と、精力的に活動を続けている。ぜひ、水俣を訪れ、ランチに、夕食に、そして飲んだシメにとちゃんぽんを食べ尽くし、このまちを「チャンポンのまち」として、心にとどめてほしい。